『音色のお茶会』
「伝わらない嘘」
「嫌いに決まってんだろ、お前のことなんか」そんな風に言わないと、違う気持ちで心がいっぱいになってしまいそうだった。そんな気持ちを、気付かれるわけにはいかなかった。
初対面の印象はお互い最悪で、それからずっと顔を合わせるたびに言い合う日々。
コンクールという、俺にとって更に最悪な形で競いい合わなくてはいけなくなり、俺は俺の演奏を貫けばいいんだと思っていても、その音色を俺は無視することが出来なかった。
好きな解釈じゃない、好きな弾き方じゃない、好きな考え方じゃない、何もかもが気に入らないのに、なぜかそのすべてが気になってしまう。
大差をつけられたコンクールの結果が悔しくて、負けたのはあいつにだけじゃないのに、何よりもあいつに負けたことが悔しくて悔しくてたまらない。
そんな状態なのに今度は一緒にアンサンブルを組まされて、また顔を合わせるたびに言い合う日々に逆戻ったが、今度は競い合うのではなくひとつの音楽を作り上げなくてはいけない。
意見がぶつかるのはわかっていたのに、そんな日々が続けばなんでか心が痛くなって、あいつの音色を傍で聴かされていればその実力は認めざるを得なくなって、悔しい気持ちが膨らんでいく。
俺と違う解釈の演奏に心が揺すられ、俺とは全く違う考え方にハッとさせられ、圧倒的な演奏で紡ぎだされる音色に引き込まれていくことが止められない。
この気持ちは何だ。この胸の高鳴りは何だ。切なくて、苦しくて、手を伸ばしても届かなくて、だけど手に入れたいと思う、この気持ちは一体、何だというのだ。
好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない、好きなわけない。まるで呪文のように唱えても、惹かれる気持ちが止められない。
そんな俺の葛藤なんか気付いていないお前は、不用意に俺に笑った顔を見せ、俺の演奏を嫌いじゃないなんて言う。
「最初はいいと思うことなどなかったが、俺にはないものを持っているのだと気付いたら、君の演奏が嫌いではなくなった」
言い合っていたときのデフォルトだった眉間のしわはなく、どこか穏やかな表情で告げられて、心臓を鷲掴みにされたんじゃないかと思った。
「君が俺の演奏を、俺自身も含めて、嫌悪しているのはわかっている。それを改めてほしいと思っているわけではないが、俺が君の演奏をいいと思っていることは覚えておいてくれ」
それは懇願ではなく、ただ、自分の気持ちを真っ直ぐに言葉にして俺に伝えてきただけなのだろうが、俺は自分の気持ちなんて言葉に出来ない。
「嫌いに決まってんだろ、お前のことなんか。お前にいいなんて言われても、嬉しくない」
そんな風に言わないと、違う気持ちで心がいっぱいになってしまいそうだった。そんな気持ちを、気付かれるわけにはいかなかった。
「そうだな。すまない、君にとっては不快でしかなかったな」
俺の冷たい返事にも、お前は嫌な顔じゃなくて謝罪の言葉を返してくる。なんでお前はそんな顔が出来るんだ。俺は嫌いだって、そう言ったのに。
「だが、それならどうして君は苦しそうな顔をしているんだ。まるで自分の言葉で傷ついたような顔を俺に見せる?」
不思議そうに、ほんの少し首を横に傾けた顔で真っ直ぐに見つめられ、心の中の何かがはじける。
「君の言葉は、本心ではないのか? なぜ本心を隠す?」
俺だってお前の演奏に惹かれている。いいって言われて、嬉しいって思ってる。
いつだって、俺はお前と本気で言い合ってきた。本心を隠したことなんて、なかった。だから、本心を隠すとわかってしまうのか。それなら伝えてもいいのか、隠さなくてもいいのか、この本心を。
「俺は、土浦の本当の気持ちが知りたい。土浦だから、知りたい」
言い合っているときよりもずっと、真っ直ぐな瞳が俺を射抜く。嘘を吐くなと、本心をぶつけて来いと、そう言っている。
もう隠せないと思った。あふれた気持ちを抑えることなんか出来ない。
「好きになったんだ、月森のこと。演奏も、月森自身も、全部」
2016.3
拍手第23弾その4。
嫌いだと言葉にした後で
往生際が悪い土浦君。これも相変わらずだけどやっぱり好き。
だから紅茶はLRなんだなってつくづく思います。
拍手第23弾その4。
嫌いだと言葉にした後で
往生際が悪い土浦君。これも相変わらずだけどやっぱり好き。
だから紅茶はLRなんだなってつくづく思います。