『音色のお茶会』
「粉雪の降る夜は」
下校を告げるチャイムに練習室を追い出されて外に出ると、外では粉雪が舞っていた。「雪予報なんて出てたか?」
つぶやくような土浦の言葉に、文句の色は感じられない。むしろ、嬉しそうな顔で空を見上げていた。
「風で飛ばされてきたのだろう」
降るというよりも舞っているだけの粉雪は量も少なく、傘を差さずに歩いても濡れはしない。だから俺たちは、そのままゆっくりと雪の舞う帰り道へと歩を進めた。
「じゃあ、お裾分けってやつだな」
楽しそうな土浦の様子に、自分の気持ちも自然と楽しくなってくるから不思議だと思う。
一緒にいて、楽しいと思うようになるなど考えたこともなかった。むしろ、イライラさせられてばかりだったというのに、今ではそのイライラさせるような言動さえも愛おしいと思う。
「君の考え方には、いつも驚かされる」
ただ飛ばされてきただけの雪を、お裾分けだなどと考えたことがなかった。多分一生、思い付くこともなかっただろう。だが、土浦と一緒にいると、新しい発見がたくさんある。知らないことを、土浦はたくさん教えてくれる。
「ん? あぁ、お裾分けのことか? だってそうだろ、降る予定じゃなかったんだからさ」
今では何でもなく見せてくれるようになった土浦の笑顔に、愛しさは募るばかりだ。
「でも、俺にはお前の考え方のほうが驚かされるよ、いつだって迷いがなくてさ」
真っ直ぐな言葉で告げられると、胸の奥が小さくチクリと痛む。
「そんなことはない。いつも迷ってばかりだ」
4月からの留学が、いつも心にひっかかっている。迷っているわけでも後悔しているわけでもないが、それでも淋しいと思う気持ちは拭えず、4月になどならなければいいと思っている。
今、一時の感傷的な気持ちで自分の将来をつぶすような馬鹿な真似はするつもりはなくても、留学を止めてしまうことを考えたことがないとは言いきれない。
「強くなりたい。何にも負けないくらい…」
淋しさも切なさも、乗り越えるだけの強さが欲しい。
「そんなに強くならなくてもいいんじゃないか。そのほうが俺もちょっと安心する」
だが土浦は、俺にそう言って笑いかけてくれた。俺の弱さを土浦に否定されなかったことが、とても嬉しい。
「弱みなんか見せたくないって俺だって思うけど、でも俺はもう、自分の気持ちに嘘は吐きたくないし、月森にも吐いてほしくないって思う」
俺たちはずっと、気付いた気持ちを認められずにいた。だからやっと想いを口にしたときにはもう、傍で過ごせる時間はわずかしか残っていなかった。
「そうだな…。それなら、このお裾分けの雪にあやかって、幸せも分けてもらおうか」
そう言って土浦に笑いかければ、不思議そうに首を傾げられた。
「まだ帰らないでほしい。俺ともう少し、一緒にいてほしい」
向かいから来た人を避けるふりで身体ごと土浦に近付き、その耳元でそっとささやく。何事もなかったように土浦から離れれば、その顔は鮮やかな赤に染まっていた。
「おまっ…」
その表情が驚いたような文句を言いたそうなものと、どこか照れくさそうな嬉しそうなものを示していることに心が温かくなる。
「外は寒いから君を家に誘いたいんだが、どうだろうか」
誘う言葉を続ければ、土浦の複雑な表情を苦笑いに変え、それから嬉しそうな笑顔だけを俺に真っ直ぐ向けてきた。
「もちろん、喜んで」
それから俺たちは、粉雪の舞い散る道を少しだけ早足で二人並んで歩いた。
誰もいなければ手を繋いで帰れたのになと土浦が小さくつぶやいたから、家に帰ってからは土浦の手を離してやらなかった。
2016.3
拍手第23弾その5。
二人で過ごす時間は少しでも長く
帰り道話って好き!と改めて思いました。
もう少し粉雪っぽいイメージを出したかったけれどうまくいきませんでした…。
いろはのおまけ、ということで、アンケートで1票差だったタイトルの敗者復活です。
改めて読み返すと、相変わらず設定というか、似たり寄ったりというか、
短いからこそ、違う話を書くのは難しいなぁと痛感しました…。
拍手第23弾その5。
二人で過ごす時間は少しでも長く
帰り道話って好き!と改めて思いました。
もう少し粉雪っぽいイメージを出したかったけれどうまくいきませんでした…。
いろはのおまけ、ということで、アンケートで1票差だったタイトルの敗者復活です。
改めて読み返すと、相変わらず設定というか、似たり寄ったりというか、
短いからこそ、違う話を書くのは難しいなぁと痛感しました…。