TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「精一杯のウソ」

 高校の卒業を待たずに月森がウィーンに留学してから3ヶ月が経った。
 俺もこの4月から転科した音楽科での授業や日々の生活に慣れることで精一杯で月森の不在考えないようにしていたのだが、生活が落ち着いてくると一変、誤魔化しきれない淋しさに苛まされるようになった。
 元々、頻繁に連絡を取り合う付き合いはしていなかったが、それでも一応、恋人同士なのだからもう少し電話なりメールなりのやり取りがあってもいいんじゃないかと思い充電中だった携帯電話を引き寄せ見れば、月森とのメールのやり取りは2週間前が最後で、電話に至っては4月の月森の誕生日にかけたきりという事実が判明した。
 2ヶ月も月森の声を聞いていないのだと気付けば急に声を聞きたくなり、何か電話をするような用事はないかと探してみるが特に見つからない。かといって、ただ声を聞きたいだけとか、淋しいと思っているからなんて理由でかけることなど恥ずかしくて出来ず、電話番号を表示することさえしないで携帯電話を閉じた。
 知らずため息が落ちたその瞬間、手の中の携帯電話が急に震えだして着信を告げる。
『土浦』
 驚いて思わずディスプレイも見ずに電話に出れば、そこから聞きたいと思っていた月森の声が聞こえて更に驚いた。
『土浦?』
 驚き過ぎて声を出せずにいればもう一度名前を呼ばれ、俺はそれだけで顔に熱が集まったことを自覚した。
「あ、いや、ちょっと、驚いた」
 そのままの気持ちを声に出せば、電話越しに月森が笑ったような気配を感じる。
『なんだ、俺からの電話だから勢いよく出てくれたと思ったが、違ったのか』
 そしてそんなことを言われ、顔へと集まった熱が更に上昇していく。
「んなわけないだろう。たまたまケータイいじってるときにかかってきたからそのまま出ただけで…。それより、急にどうしたんだよ」
 それが事実ではあったが、なんだか言い訳じみているような気がして、そして月森からの電話だと気付いたら月森の言うとおり急いで出ていただろう自分が想像出来て声がだんだん小さくなっていき、誤魔化すように話題を変えてしまう。
『ヴァイオリンを弾いていたら、土浦の声を聞きたくなってしまったんだ』
 だが、聞こえてきたのは思いがけない言葉で、心臓がトクリとひとつ、大きく鳴った。
 俺が言えない言葉を、月森はなんでもなく言ってのける。
「なんだよ、もうホームシックか?」
 俺には言えない。月森の声が聞きたいと思っていたって、電話もかけられない。こんな風に、思っていることと反対の言葉しか言えない。
『不思議と家族のことは思い出さないが、最近は土浦の声や言葉や、ピアノの音色をやけに思い出すんだ』
 聞きたいと思っていた月森の声で心がぎゅっと締めつけられるような言葉を聞かされて、思いがけず泣きそうになる。
『土浦に逢いたい…。君を抱き締めたい』
 耳元で甘い言葉をささやかれて心臓は早鐘を打ち始め、電話越しでも聞こえてしまうんじゃないかと、本気で心配してしまう。
『君は…?』
「淋しい…、月森に逢いたい…。なんて、俺が言うと思ってんのかよ。そんなわけないだろう」
 小さく問われ、俺は本音をこぼしたが、すぐさま否定した。
 ダメだ。ここで俺が弱音を吐いたら月森を喜ばす以上に、月森も俺もダメにしてしまうような気がする。
「俺たちが考えなくちゃいけないのは、今はそんなことじゃないだろう」
 まだ、夢への一歩を踏み出したばかりに過ぎない俺たちだから、こんな最初から躓いていたら先になんて進めない。
『土浦…。そうだな、君はいつも俺の間違いを正してくれる。…ありがとう』
 淋しいと、逢いたいと言ったのは本心だ。そしてそれじゃダメだと言ったのも本心だが、ダメになってもいいと心のどこかで思ったのも事実で、淋しいと、逢いたいと思う気持ちのほうが本当は何倍も大きい。
 だから俺は自分に嘘を吐く。そんなことを考えている場合ではないんだと、月森ではなく自分に言い聞かせるように嘘を吐く。
『でも今はもう少し、話をしていても構わないだろうか』
 聞こえる月森の言葉に、もちろんだと思う。もっと話をしていたい。もっと、月森の声を聞いていたい。
「久し振りだしな…」
 月森にだけ本心を言わせて、素直にいいと言えない俺はずるいのかもしれない。だがもう、本心は言ってはいけない。口に出したら最後、本当に俺はダメになってしまう。
『ありがとう、土浦』
 二度目になるお礼の言葉を聞きながら、ごめんと心でつぶやいた。
 ごめん、ごめん、ごめん。本当は俺も淋しいんだ。月森の声を聞きたかったし、月森に逢いたいと思っている。
 その言葉を伝えられない代わりに、今はたくさん話しをしようと思う。声を聞きたいと言ってくれた月森のために、俺らしい言葉を伝えてやろうと思う。
 そしていつか二人でずっと一緒にいられる日が来ればいいと、心の奥でそっと願った。



2015.2
拍手第22弾その4。
逢えなくて淋しい心情

月森君は淋しさを糧に出来るけど土浦君はそれとが出来ない。
というのが多分、紅茶の二人に対するイメージなのだと思います。