『音色のお茶会』
「めったに見られないもの」
『ありがとうございます』テレビの画面上で礼を述べる月森の顔に笑顔はなく、月森らしいといえば過ぎるほどらしいのだが、こんなときくらい少しは笑顔を見せろと思わなくもない。
つい最近、月森は世界的に有名なコンクールで優勝した。優勝者が出ないことも多々あるそのコンクールで初となる日本人優勝者ということもあり、テレビでは連日、インタビューや過去を含む演奏会の映像などが流されていた。
テレビの向こうにいる月森が笑顔だったことなど一度もない。さすがにしかめっ面ってわけでもないし受け答えはきちんとしているから悪い印象ではないかもしれないが、いい印象を残しているとも思えない。
ニコリとも笑わないままインタビューが終わり、画面はコンクールでの演奏場面へと切り替わった。当日、客席からは見ることの叶わなかった演奏中の表情が、画面いっぱいに映し出される。
その曲調の所為もあり、ここでも月森の表情に笑顔はない。そしてこれまたお手本のようにピンとした綺麗な立ち姿と相まって、あの日の張り詰めた空気感が画面からでも伝わってくるような気がした。
演奏を終え、弓とヴァイオリンを下げる月森の顔がわずかに左前方へと向けられる。そしてほんの一瞬、満足そうに笑んだ月森の顔が画面に映し出された。
「え…」
画面の中で見るのは初めてであろうその笑顔はお辞儀とともに隠され、顔を上げたときにはもう、その欠片さえも残ってはいない表情がそこにあるだけだった。
あのとき、月森から見て左前方の席に俺は座っていた。だからこちらを見たのは知っていたし、なんとなく目が合ったような気もしていた。
だけどまさか、あんな表情をしていたとは…。
『ありがとう』
不意に、俺がおめでとうと伝えたときの月森の顔を思い出す。それは一瞬ではなく、本当に満足そうで嬉しそうな笑顔だった。
『ずっと、君の視線を感じながら弾いているのはとても心強かった』
どんな舞台に立っても緊張すら演奏の糧にする月森だから、俺は話半分でその言葉を受け止めていたが、演奏直後のあの表情を見せられた今、大げさではない月森の本心だったのだと実感させられた。
「お前、反則だろ、それは」
めったに見せないその表情を、一瞬とはいえ公の場所でさらしていたとは。おまけに全国放送されているとか。
あの表情に気付いた誰かが言及したら、月森は何と答えるのだろうか。
知りたいような知りたくないような、俺は複雑な気持ちで、気付けばすでに別の情報を流していたテレビの電源を落とした。
2014.9
拍手第21弾その6。
コンクールで優勝した月森
テレビで月森君を見る土浦君の話はすでに書いていますが、
土浦君の目の前では笑顔なんて普通に見せているんだろうなと
思ったので、あえてこんな感じにしてみました。
拍手第21弾その6。
コンクールで優勝した月森
テレビで月森君を見る土浦君の話はすでに書いていますが、
土浦君の目の前では笑顔なんて普通に見せているんだろうなと
思ったので、あえてこんな感じにしてみました。