TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「コタツでミカン」

 練習を終え、一息入れようと作り置きの麦茶を持って自室に戻れば、月森はさっきまで弾いていた楽譜を難しい顔でじっと見ていた。
「休憩にしようって言っただろ」
 俺が戻ってきたことにさえ気付いていなさそうで声をかければ、ハッとしたように顔ごと視線を上げた。
「そうなんだが…」
 どうしても自分の解釈と演奏に納得がいかないらしく、弾いているときからその眉間にはくっきりと皺が出来ていた。
 どちらかといえば明るくて楽しい曲なのだから、そんなに怖い顔で弾くことはないじゃないかと思うのだが、曲に対する真摯さは月森のいいところ(とやっと思えるようになった)だから仕方ないかとも思う。
「練習をするなとか、曲のこと考えるなとか、そんなことは言うつもりないけどさ、たまにはのんびりするのも悪くないだろう」
 言いながら月森の手から楽譜を抜き取り、代わりに持ってきた麦茶のグラスを差し出せば、月森は素直にグラスを受け取ってくれた。
「冬だったら炬燵でみかん食べながらまったりとか出来るんだけどなぁ」
 楽譜を少し離れた机に置いてから、俺は月森の横に腰を下ろした。
 季節は炬燵が恋しい冬とは真逆の夏で、窓の向こうには真っ青な空と真っ白な雲を従えた太陽が煌々と輝いている。
 だが、適度に効かせたクーラーのおかげで、部屋の中では少しくらいくっついていても暑くはない。
「炬燵でみかんか…。土浦の家では冬は炬燵なのか?」
 麦茶を一口飲み、グラスをテーブルに置きながら月森は少し不思議そうな表情で俺へと視線を向けた。
「子供の頃はそうだったが、最近は炬燵を出すとみんな動かなくなるって、出さなくなったな」
 炬燵の中で弟と遊んだことや、ゴロゴロしていて母親に怒られたことを思い出し、ちょっと懐かしいなと思う。
「月森の家は炬燵ってイメージじゃないよな。っていうか、炬燵に入ったこともなかったり、とか?」
 思い付いたままを言葉にすれば、月森の表情は少しだけ不機嫌そうなものへと変わっていった。どうやら図星らしい。
 やっぱりと思いつつ、それを口に出すともっと不機嫌になりそうで言葉を飲み込む言い訳に麦茶を飲もうとすれば、その寸前で月森の手にグラスを奪われてしまった。
 月森はその麦茶を一口煽ると、グラスを持ったまま俺との距離を急に縮めてきた。
「んっ」
 冷たさの半減したぬるい液体が口腔内に広がり、俺はとっさにそれを飲み込んだが自分の意志とは違う状況で含まされたそれをうまく飲み込むことが出来ず、重なる唇の隙間から一筋、零れ落ちた。
「今年の冬は、二人でのんびり過ごそう」
 俺の濡れた唇を拭いながら、月森は少し意地の悪い笑みを浮かべていた。
 ただその言葉を言うためだけなら、ここで俺にキスする必要なんてない。これはたぶん、つもりはなくてもからかったことになってしまったことへの意趣返しなんだろう。
「とりあえず今は、ここでのんびり過ごそうか」
 何がとりあえずなんだろうとか、まだ真っ昼間だとか、これってのんびりじゃないんじゃないかとか、頭の中には色々な思いが浮かんできたが、グラスをテーブルに置いた月森の冷たい手が俺の両頬を包み込んだ瞬間に、そのどれもがどうでもいいように思えてしまった。
「そうだな」
 月森とこんな風に過ごすのも悪くない。むしろ嬉しいと、俺は素直にそう思った。



2014.4
拍手第20弾その3。
休日に二人でのんびり

タイトルに偽りあり…(ごめんなさい)
そして休日っぽくもないですね…。
コタツでイチャイチャをいつかリベンジしたいです!