『音色のお茶会』
「不確かな関係」
目が合って、あからさまに嫌な顔をしなくなったのはいつからだろう。音楽の話をしていて、お互いの意見に文句をつけなくなったのはいつからだろう。
会話の中で、笑顔を見せ合うようになったのは一体いつからだっただろうか。
好きだと自覚して、だが言えなくて、想いばかりが募っていく。
相手から示される態度にも変化があって、だから期待してしまうが先には進めない。
勘違いかもしれない。ただの思い込みかもしれない。違っていたら悲し過ぎる。
ためいき落として練習を終え、扉を開ければ同じタイミングで隣の扉も開いた。
あまりの偶然に思わず隣を見遣れば、そこにはためいきの原因が立っていた。
驚き顔のまま思わず見つめ合うこと数秒、ハッと我に返ったのも同じタイミングだった。
「練習か」と当たり前のことを尋ねれば、「あぁ」と短い返事が返る。
「今は何を弾いているんだ」と尋ねられ、一瞬、言葉に詰まる。
別に答えたくないわけではないが、言った後の反応が何となく予想出来て躊躇してしまう。
だが、答えなかったらあらぬ誤解を招くことは必須で、だから素直に答えることにした。
「めずらしいな」と予想通りの言葉を返され、苦笑いでそれに答える。
自分好みの曲ではない。じゃあ、なんで弾いているのかと聞かれても困るからそこは聞かないでほしい。
「そっちは何を弾いているんだ」と先手を打って同じ質問を返せば、困ったように目を逸らされる。
一瞬の沈黙の後に続いて告げられた曲名に、俺は自分が言われたことと同じ感想を持った。
お互いが好む曲は自分が好まない曲で、でも何故か今、お互いに好まない曲を弾き合っている。
それが何を意味するのか、自分の気持ちはわかるけれど相手の気持ちがわからない。
同じなのか、違うのか、同じじゃなくても似ているのか、それとも全く見当違いなのか。
もしも同じならば、どうしてその曲をと、聞いてほしくない気持ちも同じなのだろうか。
言えない言葉がたまっていく。聞けない言葉もたまっていく。
言いたい気持ちが高まって、でも答えが怖くて口に出せない。
拒絶の言葉は聞き厭きて、もうこれ以上聞きたくない。
「とりあえず…」と沈黙に耐えられなくて口に出せば、「帰るか」と言葉の続きを告げられる。
その先は無言で、並んで歩いているのにバラバラな靴音だけが廊下に響く。
なんとなく気になって隣を見れば、同じタイミングでこちらを振り向かれて目が合ってしまう。
「いや…」と、先の続かない言葉が重なり、視線はさまよったまま逸らし、逸らされる。
無言の時間は気詰まりで、けれどあっという間に分かれ道はやってくる。
逡巡の時間の後、「じゃあ」と口に出せば、「また」と返される。
またと言ってもらえたことが嬉しくて、まだ一緒にいたいと思っている自分の気持ちを改めて自覚する。
だが、その言葉を口に出せるような関係ではないし、なれるのかどうかもわからないし、自信がない。
今はまだ、かもしれないという淡い期待だけを胸に秘めて、「また」と言うのが精いっぱいだった。
2014.4
拍手第20弾その2。
くっつきそうでくっつかないじれったい感じ
両片思いなのにどちらも強く出られなくてうだうだ。
こじらせるとなかなか一歩先に進むのは大変そうです。
拍手第20弾その2。
くっつきそうでくっつかないじれったい感じ
両片思いなのにどちらも強く出られなくてうだうだ。
こじらせるとなかなか一歩先に進むのは大変そうです。