『音色のお茶会』
「やましいことは何もない」
今日は朝から、やけに女子がチラチラとこちらを窺うように何度も視線を向けている。それはよくある行為だったが、今日は視線の数が多過ぎて気になる。こそこそと何かを話してはこっちを見て、また話の輪に戻っていく。会話の中身は聞こえないが、ひそひそ声とその視線が本当にうるさくて敵わない。
放課後になってもその視線攻撃は止まず、俺はため息を落としながら一人になれる練習室へと向かった。
「あ、渦中の人発見! 月森君、話聞かせて」
用事を思い出し購買へと立ち寄っている間も視線は注がれていたが、遠巻きなそれらを突き破るようにして天羽さんが駆け寄ってきた。
「隣町の女子高の子と付き合い始めたって本当?」
そして突然、そんなことを聞かれる。
「月森君が告白したって噂が広がってるよ」
何の話だと怪訝に思って返事をしないでいれば、天羽さんはその先の言葉を続けた。まるでその言葉に釣られるように、エントランス内の遠巻きな視線がぶしつけなものへと変わる。
俺は盛大な溜息を落としながら、眉間へと力が込められたことを自覚した。
ばかばかし過ぎて、否定の言葉すら面倒だと思う。どうして俺が見も知らぬ人と付き合っていることになっているというのだろうか。
「ガセネタだった? それとも肯定のダンマリ?」
軽く首をかしげた天羽さんの更に向こうから、今日ずっと感じていた視線など比にならない強い視線を感じて顔を向ければ、そこには遠目でも不機嫌だとわかる顔をした土浦が立っていた。
「あれ、でもそういえば、月森君ってもう付き合ってる人がいたんじゃなかったっけ?」
思い出したように続く天羽さんの言葉に、以前にも同じように騒がれたことがあったことを俺も思い出す。
あれは土浦を好きだと自覚したばかりの頃で、その想いが表れた音色が噂の発端となった。
あのときから俺の気持ちは変わっていない。そして同じ想いを返してくれた土浦とは、公にはしていないが恋人同士だ。だから俺が土浦以外の人と付き合うなどある訳がない。
そう思いながら土浦に視線を戻せば、目が合った途端に不機嫌を通り越した顔で睨まれ、そして何の名残もなく踵を返すと、そのまま足早に立ち去ってしまった。
未だに喧嘩はよくするが、この態度は何か違うと頭の奥が警鐘を鳴らす。
「付き合っている人がいるのは事実だが、今回の噂は全くの嘘だ」
俺はそれだけを天羽さんに伝え、急いで土浦の後を追った。
「土浦」
すでに正門を出ていた土浦をやっと見付けて声を掛けたが、振り返りも止まりもしない。
数度目の呼び掛けで腕を掴めばやっと振り返ってもらえたが、さっき見せられた顔でもう一度、睨まれた。
「なんだよ」
口もきいてはもらえなさそうな雰囲気だったので、返事をしてくれたことにほっとする。だが、ここまで不機嫌を露わにする理由がわからなくて当惑もしていた。
原因はあの根も葉もない噂話なのだろう。それくらいは俺でもわかる。それでもそれが真実ではないことは土浦が一番わかっているはずだと思っていたが、そうではないのだろうか。
「君はあの噂話を信じているのか?」
疑問をそのまま口にすれば、土浦の顔はいよいよ不機嫌さを増していく。
「俺はやましいことなど何もしていない」
やはり疑っていたのかとその疑惑を否定すれば、掴んだ腕を強い力で振り払われた。
「…んなこと知ってる。最初っから疑ってない。けど、それなら、なんですぐに答えないんだよ!」
真っ直ぐに言葉をぶつけられたが、今、否定したではないかと思う。
「だから、さっき、天羽に聞かれてただろう」
俺が怪訝な顔を向けたせいなのか、土浦は苛立たしげに言葉を続け、俺はやっと、あぁ、と思う。
俺が否定の言葉を発したのは土浦が立ち去った後で、最初の質問を投げかけられた時点では何の返事もしていなかった。
やましいことなど何もなかった。だから否定さえも面倒だと思った。だが即座に否定していれば、誤解も興味ももっと早くに解けていただろう。
「月森の性格はわかってる。くだらな過ぎて返事すら面倒だったんだろうなって…。けど、それでも、不安になるだろう…」
いつでもはっきりと気持ちを言葉にする土浦が、俯いて小さな声でその気持ちを告げてきた。
たぶん、俺が周りからの視線にイライラしていた間、土浦は噂話そのものを耳にしていたのだろう。その立場が逆だったらどうだっただろうと思う。
一日中、恋人の自分が相手ではない恋愛話を聞かされ続け、最後の最後で本人にそれを否定してもらえなかったら…。そう考えると胸が痛い。
「すまない…」
いつも言葉が足りないと言われていたのに、俺はまた同じことを繰り返している。
俯く土浦を抱き締めたくて、だが外という状況がそれを許してくれない。せめて土浦に触れたくて、歯がゆい思いのまま土浦を見つめていれば、土浦は急に俺の手を取って歩き始めた。
「謝るより他に言うことがあるだろう」
一歩先を早足で歩く土浦の顔は見えないが、その声は怒っているというより、どこか甘さを含んでいるように感じた。
「俺が付き合いたいと思うのは土浦だけだ」
はっきりと偽りのない本心を声に出せば、土浦は一瞬、驚いた顔を見せ、そしてすぐに満足そうで嬉しそうな笑顔を俺に向けてくれた。
俺は土浦の手をぎゅっと握り返し、今度は逆にひっぱるようにして家路を急いだ。
2014.3
拍手第19弾その6。
月森に浮気疑惑
R視点で書くとすごくうじうじになりそうだったので、
あえてL視点で書いてみました。
書いていたら楽しくてなんだか短くまとめられず…。
噂の真相とかも書くわけではないのに考えちゃってました^^
拍手第19弾その6。
月森に浮気疑惑
R視点で書くとすごくうじうじになりそうだったので、
あえてL視点で書いてみました。
書いていたら楽しくてなんだか短くまとめられず…。
噂の真相とかも書くわけではないのに考えちゃってました^^