TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「おかえり」

 その日、帰りの電車の中で懐かしい顔を見かけた。
 背筋をピンと伸ばして立つその傍らには小ぶりなスーツケースがあり、支えるその逆の手にはヴァイオリンケースが握られていた。
 旅行帰りかと思い、いや違うと思い出す。高校の頃に留学して、そのまま向こうでデビューしたから暮らしは日本ではないはずだ。
 だとすると久し振りの(かどうかは実際のところわからないが)帰国ということなのだろう。
 少し離れた所に立つその姿を見ていると、高校の頃を思い出す。
 お世辞にも仲が良かったとは言えず、自他共に認める犬猿の仲だった。主に音楽に関することでの言い合いを数えきれないくらい繰り返したあの頃を、少し懐かしく思う。
 声を掛けようかどうしようか悩みながらも、俺の足はすでに一歩を踏み出していた。


「月森」
 少し離れたところから声を掛ければ、振り返った無防備な表情が驚きのそれへと変わった。
 俺の声というよりは、自分の名前に反応して振り返っただけだったのだろう。
「おかえり、でいいんだよな?」
 まぁ、驚くよなと思いながら確かめるように言葉を続ければ、月森はパチパチと瞬きを繰り返して更に驚いた顔をしている。
「そんなに驚くことないだろう」
 思った以上に驚かれ、なんだか俺が月森に声を掛けてしまったことが今更ながらに恥ずかしいというか自分らしくなく思えて、思わず文句のような言葉を発してしまう。
「いや、まさか土浦に声を掛けてもらえるとは思わなくて驚いてしまった。すまない」
 素直に、何の含みもなく謝られて今度は俺が驚いた。月森に、こんな風に誤られた記憶は今までに一度もなかったと思う。
 月森の顔に笑顔はない。だが、迷惑そうでも怒っているわけでもないことは、眉間に皺が寄せられていないことでわかる。
「君こそ、そんなに驚くことはないだろう」
 さっきの月森と同じ態度を返していたらしい俺に、月森からも同じ言葉が返される。
 年月のせいだろうか。それともそこに音楽が絡んでいないからだろうか。高校生の頃、顔を見るだけでも感じていた嫌悪感がまるでなくなっている。
 ものすごく驚いた。でも、月森と普通に話すのは悪くない。
「確かにそうだな。ところでさっきの返事、まだ聞いてないけど、おかえり、でいいんだよな?」
 だから俺は、最初に聞いた自分の言葉を改めて聞き直し、謝る代わりに笑いかけた。せっかくの再会を嫌なものにする必要はない。
「あぁ。ただいま」
 笑顔、と呼ぶにはまだ全然足りないが、目の前には確かに笑った月森の顔がある。
 もしかしたら挨拶をきちんと交わしたのも初めてかもしれないが、でも何故か何度もこうやって月森の帰りを普通に迎えてきたようにも思える。
 今ならきっと、高校の頃とは違う、月森との新しい関係を築いていけるんじゃないかと思う。
 俺たちはその距離を縮めるようにたくさんの話をしながら、お互いに通った学院のある街まで一緒に帰った。



2014.2
拍手第19弾その4。
留学からの帰国話

帰国話はいくつか書いたよなぁと思い、
少し違う感じでと思ったらこんな設定になりました。
でもこれ、帰国でなくてもよかったのでは…と、
今更ですが気付きました…。