TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「ゐあかす」

 好きだと自覚したばかりだというのに、これは一体、何の試練なのだと思う。

「大雨で電車が止まるとか、こんなことってあるんだな」
 薄い布だけを挟んだ背中越しに、土浦の声が届く。
「そうだな。昼間は快晴だったのに…」
 答える自分の声が、不自然になっていないだろうかと少しだけ心配になる。
「それに用意してもらった部屋がダブルベッドとか…。笑うしかないって感じの展開だよな」
 土浦の口から出た単語に、なるべく考えないようにしようと努力していた今の状況を思い知らされる。
 土浦と二人で出席することになった演奏会の帰り道。
 大雨で電車が止まり、帰れなくなった俺たちは今、1つのベッドで背中合わせに寝ている。
 土浦のことを好きだと自覚したばかりだというのに、これは一体、何の試練なのだろう。
「でも、昼間の演奏はよかったよな。音が響いて、弾いてて気持ちよかった」
 今は土浦の声が静かな部屋に響いている。しゃべる度に背中から、微かに振動が伝わってくる。
 トクリと心臓が大きく鳴る。続いて早鐘のように、その鳴りは激しくなっていく。
 聞こえるはずのない心臓の音が、背中から伝わってしまいそうで、少しだけ身じろいで距離を作る。
「悪い。もしかして俺、うるさいか?」
「いや、そんなこととはない」
 俺の身じろぎを不快と感じ取ったらしい土浦がすまなそうに謝ってきて、俺は慌てて否定した。
 土浦の声は聞いていたい。とりとめなく、話をしていたい。
 だがそんな小さな望み以上に、心と身体が緊張とその他諸々でついていってくれない。
「それならよかった。なんか、寝付けなくてさ」
 もぞもぞと、今度は土浦が身じろぐ。二人の距離が、また近付く。
「俺もなんだか寝付けないから、気にせずにしゃべってくれ」
 触れる背中から、土浦の体温が伝わってくる。
「俺にだけしゃべらせる気かよ」
 笑っているのか、背中が小刻みに揺れる。その振動に合わせて、心臓がトクトクと音を立てる。
「いや、そういうわけではないが…。だが、何を話していいかわからない」
 出会った頃はお互いに言い合いばかりで、会話と呼べるものではなかったように思う。
 共通の話題が音楽で、それこそが不一致なのだとわかっているから、話題に挙げにくくなってしまう。
「共通の話題といえば音楽か…。って、夜中に言い合いはしたくないよな」
 同じことを考えたらしい小さくつぶやく土浦の声が、静かな部屋だからこそはっきりと聞こえる。
 単なる同級生から始まった俺たちの関係は、今もまだ同級生止まりなのだろうか。
 こんな風に二人きりになったとき、話題がないというのもなんだか悲しい気分にさせられる。
「嫌いと反論は止めて、好きの話だけをしよう」
「どういうことだ?」
 俺の提案に、怪訝そうな声が返される。
「好きな色は?」
「えっ、っと、緑かな」
 質問には答えず別の質問を返せば、それでも土浦は答えてくれる。
「俺は青だ。どちらも寒色系だな」
 それでもやっぱり違う色を選ぶのがなんだか俺たちらしい。
「寒色系って大ざっぱにまとめたな」
「嫌いと反論はなしの会話だからな。似ているところ、同じところを見つけてみた」
 何もかも相容れないと思っていつでも反論していたが、同じところがないわけではないだろう。
「そういうことか。でもそれって、疲れないか?」
 いや、特に、むしろ俺は、君のことを…。
 いくつか思い付いた言葉を、けれど俺は口に出すことが出来なかった。
 友人さえも飛び越えて好きになってしまった俺の気持ちを、伝えるつもりは始めからなかったから。
「君が疲れると思うなら止めるが」
 思い付きの提案など土浦には迷惑でしかなかったかもしれないと、俺は自分の浅はかさを後悔する。
「いや、そういうわけじゃなくてさ。いや、ごめん。わかった。俺も反論と嫌いは言わない」
 だが、土浦なりに何か思うところがあったのか、俺の提案にすんなりと同意を示した。
 そしてもう一度、身じろぐと、背中をそれまで以上にピタリとくっつけてくる。
 途端、俺の鼓動は有りえない速さを刻み、けれど離れたら嫌がっているようで動くことも出来ない。
 息をひそめて鼓動が落ち着くのを待っていれば、同じ速さの鼓動が背中からも伝わってくる気がする。
 気のせいか? 錯覚か? それとも…。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
 俺の葛藤や緊張などお構いなしで、土浦はそんなことを聞いてくる。
 でもどこか、土浦の声も緊張を孕んでいるような気がするのは錯覚なのだろうか。
 話していても眠れない。黙っていても眠れない。どうやっても、今夜は眠れそうにない。
 俺は答えを考えながら、明け方まであと何時間だろうと、そんなことも考えていた。

 やっぱりこれは、何かの試練なのだろうか。



2014.3
拍手第19弾その2。
起きたまま夜を明かす、徹夜する

思いのほか、書き上げるのに時間が掛かってしまったお話。
どうやって徹夜させようか考え過ぎて思い付けなかったという…。
月森君が試練に打ち勝ったのかどうかと、土浦君の心境については
皆様の想像にお任せします(ふふふ)