『音色のお茶会』
「勝手に決めないでくれ」
そのとき俺たちは、毎日飽きもせずにお互いに対して文句の言い合いをしているところだった。その解釈が好きとか嫌いとかそんな話になり、だが今はそんなことを言い合っている場合でもないだろうと思い始めたところで、土浦が不意に顔を背けた。
矢継ぎ早に出てくる俺に対する文句の言葉をその意思で止めて睨んでくることはあっても、言い合いの途中で土浦が俺から視線を逸らすことは珍しい。いや、珍しいというよりも初めてかもしれない。
「――――――じゃない…」
「え…?」
そのいつもと違う行動に俺も言葉を止めれば何かを言われたらしいのだが明確な音としては伝わって来ず、思わず聞き返せばいつもと同じ睨むような視線がこちらへと戻ってきた。
「だから、別にその解釈が嫌いって訳じゃないんだ。好きってわけでもないが、弾きたくないって思ってるわけでもないし、むしろ弾いてみたいって思い始めてるのに、俺の意見ばっかり否定されたら悔しくもなるだろう」
それまで以上に一息に捲くし立てられ、俺はすぐに反応を返すことが出来なくて黙り込んでしまった。
そしてゆっくりと言われた言葉の意味を考えてみるが、どうもうまく理解できなかった。いや、意味はわかるのだが、どうして悔しいのかがわからない。
「つまりどういうことだ?」
考えてもわからないなら聞いたほうが早いだろうと聞き返せば更に睨まれ、だから、と叫んでまた視線を逸らされてしまった。
「だから、お前が好む解釈とか演奏とかが気になるくらいに、好きになってるって言ってんだよっ」
逸らされた視線のまま、あまり聞き慣れない言葉だけが真っ直ぐに届く。
「お前は俺の演奏も俺のことも好きじゃないだろうけどな…」
そして小さくつぶやくように続いた言葉に、俺は言葉よりも先に手を伸ばして土浦の腕を掴んでいた。
「なに…」
驚き顔の土浦の視線が戻り、お互いがお互いを見つめる形となる。
「そんな風に、勝手に俺の気持ちを決めないでくれ。俺も――」
そこまで無意識に言いかけて、ふと理性が言葉に待ったを掛ける。俺は一体、何と言うつもりだったんだ。
思い浮かんだ続く言葉に自分で自分に動揺していると、土浦の視線はまた逸らされ、掴んだ腕も振り解かれてしまった。
「勢いで心にもないこと言うなよ…」
非難めいた言葉とは裏腹に、その横顔からは悲しみのような感情が伝わってくる。
その言葉に、その表情に、俺は自分で口に出すことを止めた言葉を心の中でもう一度、思い浮かべた。
「確かに君の演奏は好きではないのかもしれない。だが、土浦自身を嫌いなわけではないと思う」
ゆっくりと意味を翻訳しながら言葉にすれば、土浦の視線もゆっくりと戻ってくる。
「思うって…」
驚き半分、呆れ半分といった表情で土浦は小さく笑う。
「それなら、お互いもう少し歩み寄ろうぜ。演奏も、普段の態度もさ…」
俺にはあまり向けられることのない土浦の笑顔を嬉しいと思う。
「お前の解釈に合わせるからさ、今度1回合わせてみようぜ」
曖昧な言葉を返してしまった自分をずるいと思う。
だがここで言葉にしなかったこの想いを形にしても、土浦はまた勢いだとそう言って受け取ってはくれないだろう。
「その後に君の解釈でも一緒に弾かせてくれ。君を、もっと知りたい」
勝手に気持ちを決めたのは土浦ではなく、俺のほうだ。
「あぁ、もちろん」
本心を口に出せない俺の言葉に、土浦は笑顔で答えてくれる。
その笑顔を見ながら、いつ本心を伝えられるだろうかと思う。一緒に合わせたときにはきっと伝えようと思いながら、俺はその日の約束を土浦と交わした。
2013.3
拍手第17段その2。
土浦に告白された月森
似たような話は何度か書いているような気がしますが…^^;
恋愛に対して不器用そうな二人が大好きです♪
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土浦に告白された月森
似たような話は何度か書いているような気がしますが…^^;
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