TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「笑った顔なんか見せないでくれ」

 人で溢れた昼休み、俺は階下にあるエントランスの人混みの中に土浦の姿を見付けた。
 数人で話しながら歩いているその姿は、その会話の内容が聞こえずとも楽しそうだとわかる。
 学院内で見かける土浦の周りには笑顔が絶えず、それは一人でいるときや俺と一緒のときとは違っていつも明るい雰囲気を作り出している。
 遠目でも惹き付けられるその存在感に目を奪われたまま見つめていれば、沸き上がった笑いの輪の中で土浦も一緒に笑い出した。
 その笑顔に心が捉われると同時に、激しい感情が心の底から込み上げてくる。
 俺にはあまり見せることのないその笑顔が、何の惜しげもなく向けられることに嫉妬する。その笑顔を、自分だけのものにしたいという独占欲で心がいっぱいになる。
 今すぐに土浦をこの場から攫っていき、誰にも見せないように閉じ込めてしまいたい。
 そんな衝動に駆られて無意識に階下へと歩を進め、気が付けば俺は土浦たちのいる場所から数歩の距離まで近付いていた。
「月森…」
 俺が声を掛けるよりも前に気付いた土浦から名前を呼ばれるが、そこにあったはずの笑顔はもうなくなっていて、それを淋しいと思う以上に、土浦の笑顔が誰にも向けられていないことに安堵してしまった。
「悪い、俺、月森に用があったんだ。先に戻っててくれ」
 無意識に土浦のところまで来てしまったが、我に返ってしまえばさすがに土浦をこの場から攫っていく行動には出られず、返事さえも出来ずにその場で立ち尽くしていれば、ここでも行動を起こしたのは土浦のほうが先だった。
「わかった。じゃあな」
 そう言って土浦と一緒にいた友人たちは教室へと歩いて行き、俺の目の前には土浦だけが残る。それは俺が望んだ状況とは少し違うが、結果的に土浦の視線を俺だけへと向けさせることになった。
 今すぐ土浦に触れたいと思うのに、二人きりではないこの場所がもどかしい。さっき感じた嫉妬と独占欲が、再び俺の心の中をいっぱいにする。
 だから俺は土浦の手を取り、人で溢れるエントランスから抜け出して、少しでも人がいない場所へと足を向けた。
「ちょっと、おい、月森。どこに行くつもりだよ」
 だがすぐに手を振り解かれ、注目を浴びない程度の声音で呼び止められて振り向けば、そこには見慣れた土浦の不機嫌そうな顔があった。
 どうして俺は土浦にこんな顔ばかりさせてしまうのだろう。俺に笑顔を見せないのは、俺が土浦を笑顔にするような態度を取っていないからだ。
「君を独り占めにしたい。笑った顔なんて、誰にも見せないでくれ…」
 身勝手なわがままを、だが俺は抑えられずに声に出した。こんな言動がまた土浦を不機嫌にしてしまうのだとわかっていても俺は自分を変えられず、嫉妬心と独占欲ばかりが膨らんでいく。
「なっ、お前…」
 そんな声が聞こえたと思えば、今度は土浦が俺を引っ張るようにして歩き出した。更に人気のない場所に移動したところで土浦は足を止めたが、こちらを振り返る気配はなかった。
「そういう台詞は人のいないところで言ってくれ…」
 俺に背を向けたまま、だが掴んだ手は離されずに、小さくつぶやくような土浦の声が耳に届く。ハッとして土浦へと視線を送れば、その顔はこちらを向いていなくてもわかるくらいに赤くなっていた。
「土浦…」
 無理やり振り向かせれば、土浦の照れた顔が目の前にある。
 こんな表情をさせているのは俺で、この表情は俺だけのものだ。
「俺以外に、そんな顔は絶対に見せないでくれ…っ」
 誰の目にも届かないところに閉じ込めてしまいたくて、だがそれは叶わないから腕の中に抱き締める。
 土浦の腕が背に回されることはなかったが、その顔を隠すように肩口へと埋められただけでも嬉しかった。
「見せるわけ、ないだろう…」
 そして小さくぐもった声で聞こえたそんな言葉が本当に嬉しくて幸せで、俺は抱き締める腕に力を込めた。



2013.11 拍手第17段その1。
月森のヤキモチ話

月森君はヤキモチを妬くと躊躇せずに次の行動を起こすイメージ。
土浦君はそんな月森君の態度を無意識に察知しそうなイメージ。
でもきっと、察したこと以上の行動をとるのが月森君だと思うのですよ。