『音色のお茶会』
「流浪の民」
久し振りに帰った実家でなんとなく棚の中を物色していると、そこから懐かしい写真が出てきた。しかめっ面の俺と月森に挟まれた日野の笑顔が、今となっては申し訳ないような気分にさせられると同時に、なんだか可笑しくて笑いが込み上げてくる。
あれは高校2年のとき。日野がアンサンブルを組むというから快く引き受けたが、渡された楽譜と共に告げられた共演者である月森の名前に、思わず辞退しようとしたことを思い出す。
ピアノとヴァイオリン2本で演奏するように編曲されたその曲に対し、その人選は妥当だったのだろう。だが、あの頃の俺たちといえば自他共に認める犬猿の仲だったのだ。
哀愁の漂うその曲を俺は好きだったし、だからこそ最高の演奏をしたいと思っていた。だが心のどこかには一緒に演奏したらうまく行くはずがないという決め付けた否定的な感情もあり、それが余計、演奏に悪影響を与えてしまっていた。
思えば、そんな俺たちに対するあの時の日野の努力と根性と諦めの悪さはすごかったと思う。それに釣られたのもあるし、お互いよりよい演奏をしたかったこともあり、俺たちは犬猿の仲を一時休止することにした。
だからといってすぐに仲良くなることはもちろん無理だったが、お互いを少しでも理解しようとしたし、相手の意見を否定するだけではなく試してみるようになった。ただ闇雲に言い合うのではなく、納得がいくまでとことん意見を出し合い、ひとつの音を目指すようになっていった。
最終的にアンサンブルの仕上がりはあの頃の俺たちに奏でられる最高のものになり、演奏会ではたくさんのあたたかい拍手を貰うことが出来た。
そして件の写真が撮られたわけだが、そこで笑顔を作ろうと思わないくらいに俺たちはまだ仲が悪かった。
「悪かったんだよなぁ、この頃は…」
あれから紆余曲折、本当に色々あって俺たちの関係は恋人にまで昇格しているのだから、人生、何があるかわからない。
恋人とはいえ公に出来るものではなく、お互いに自分のやるべきことを優先しているから一緒に過ごす時間は極端に少ない。どちらも拠点を決めた活動をしていないから尚更だ。
「流浪の民、か…」
一所に留まらない今の俺たちの状況が、あのとき一緒に演奏した曲のタイトルと重なる。月森が今どこに居るのか知っていても、次にどこへ行くのかを俺は知らない。それは月森も同じだ。
懐かしい写真に笑っていたはずなのに、少し感傷めいた気分になってくる。月森を思い出して、月森の音色を思い出して、何かを願いそうになって、気付かないふりでそっと頭を振った。
見付けた写真を元の場所に戻し、部屋のほとんどを占めているピアノへと足を向ける。
「何処行くか、流浪の民」
最後のフレーズを小さく口ずさみ、ゆっくりと深呼吸をして、俺は思い出のその曲を奏でた。
2012.12
拍手第16段その4。
ゲーム内で月森と土浦(と香穂子)が一緒に練習できる曲のタイトル
歌詞にLRを重ねて書いてみました。
一緒に流浪する設定でもよかったのに、
どうも離れ離れ設定が好きみたいです。
拍手第16段その4。
ゲーム内で月森と土浦(と香穂子)が一緒に練習できる曲のタイトル
歌詞にLRを重ねて書いてみました。
一緒に流浪する設定でもよかったのに、
どうも離れ離れ設定が好きみたいです。