『音色のお茶会』
「料理上手なピアニスト」
不意に意識が浮上し、朝だ、と思うのと同時に物足りなさを感じる。ゆっくりと腕を伸ばせば何にぶつかることもなく、隣に居るはずの土浦はすでに起きたのだと気付いてため息が落ちた。
土浦が先に起きる理由などわかっている。だが、起きて一番に抱き締められないのはやっぱり淋しいし、起きた気配を感じ取れない自分が悔しい。
睡魔に負けそうになる自分を叱咤しながら布団を抜け出し、顔を洗ってもまだぼんやりしたままキッチンに向かえば、色鮮やかで温かい朝食が俺を迎えてくれた。
「相変わらず、朝は弱いんだな、お前」
そして俺とは反対に、朝から元気な土浦の笑顔が俺へと向けられている。
「おはよう。美味しそうだな」
朝の挨拶とともに直感的な感想を声にすれば土浦の笑みは更に増し、衝動にかられてそっと抱き締めたが、あっさりとかわされてしまった。
家の者が留守だからと土浦を家へと誘い、練習だけでは済まない夜を過ごしてそのまま泊まらせてしまう次の日はいつも、土浦が朝食を作ってくれるようになった。ピアノを弾くその手で家事などしてほしくないのだが、こうやって俺が寝ている間に作られてしまうから止める間もない。それに家でも料理はしているらしいが、その指に傷を見付けたことは一度もなかった。
「ちょっと待っててくれ、あとはスープだけだからから」
そう言って火にかけた鍋へと視線を戻してしまった土浦を、俺は仕方なく背後から見つめていた。思えば、土浦が料理をしているところを俺は見たことがない。
テキパキと動く姿の中でもやはり目が行くのは手の動きで、当たり前なのだが、鍵盤を叩く見慣れた指の動きとは全く違う。違うのに、その手は楽しそうにリズムを刻みながら料理を作り出している。
「よし、完成。冷めないうちに食べようぜ」
そう言って目の前に出来立てのスープが置かれ、器から離れた手を俺は引き止めるように握り締めた。
「この手が紡ぎ出すのは、音楽だけではないんだな」
土浦にしか作ることのできない音色を紡ぎだすこの手を大事にしてほしいと思う。だが、土浦の手はそれだけのためにあるのではないのだと気付けば、俺こそが土浦の手を大事にしたいとそう思った。
その気持ちのまま、そっと引き寄せて指にキスをする。手にするキスの意味は尊敬だったか、それとも懇願だったか。
「つ、月森っ!?」
驚いたように名前を呼ばれ、そっと唇を離して顔を上げれば真っ赤な顔が目の前にあって、なんだかとても嬉しい気分になった。
「食事を済ませたらまた、君の音を聴かせてくれ」
俺は一生、土浦梁太郎という料理上手なピアニストを手放せないと思った。
2012.12
拍手第16段その2。
月森から見た土浦の話
チキンライス話から続けて書いたら
似たり寄ったり設定になってしまいました。
拍手第16段その2。
月森から見た土浦の話
チキンライス話から続けて書いたら
似たり寄ったり設定になってしまいました。