『音色のお茶会』
「平静なんて保っていられない」
二人きりの練習室で聴こえるのは、自分が奏でるピアノの音色と、そして月森が奏でるヴァイオリンの音色。そんなことは当たり前で、もう何度もこうやって一緒に練習をするようになったというのに、どうして今日に限って俺は、こんなにも月森の音色に胸を高鳴らせているんだろうか。
そうやって疑問に思いながら、実のところ本当はもう答えを俺は知っている。
ただそれを、認めたくないだけだ。
いや、認めたくないというわけではなく、恥ずかしいというかなんというか…。
だからつまり、やっぱり認めたくないだけだ。
「どうした土浦。さっきからピアノの音が止まっている」
グルグルとそんなことを考えているうちに手は止まっていたらしい。いつの間にか隣に月森が立っていて心臓が飛び出しそうになる。
「え、あ、別に、ちょっと考え事…、そう、考え事をしてただけっていうか…」
慌てて答えるその言葉はしどろもどろで、たぶん見下ろしているのであろう月森の顔を見ることが出来なくて俯いてしまう。
「それならいいが…」
そんな声と共に月森の手が伸ばされ、俯いた俺の顔を上げさせるようにそっと頬に触れてくる。
こんな風に触れられるのは初めてじゃない。初めてじゃないが、俺は何故か初めてのとき以上に過敏な反応を返してしまった。
何やってんだよ、俺…。
自分の反応がいたたまれなくて更に俯けば、月森の手は俺の顔を無理に上げさせることはせず、指先だけで掠めるように頬を撫でていく。
その少し冷たい感触が心臓を更に高鳴らせ、思わずぎゅっと目をつぶればゆっくりと名残惜しげに離れていった。
「疲れているなら少し休んでいるといい」
呆れられたのかもしれないと一瞬ヒヤッとした俺の予想とは逆の、どこか月森らしくない優しい声が聴こえたと思えば、これまた月森らしくない優しくゆったりとしたヴァイオリンの音色が練習室に響き渡った。
普段ならきっと心が落ち着きそうなその曲も今の俺には逆効果で、月森の言葉もその音色も、ヴァイオリンの音色をかき消してしまうのではないかと思うほどに心臓を煩くさせるばかりで一向に鳴り止まない。
もうこれ以上、俺をドキドキさせないでくれ。
心の中でつぶやく言葉が月森に届くわけなどなく、俺はヴァイオリンの音色を聴きながらしばらく平常心を取り戻してくれそうにない心臓の辺りをぎゅっと握り締めた。
2012.11
拍手第15段その6。
(月森の演奏を聞いて急にドキドキしてしまった土浦)
胸を高鳴らせてしまった理由はあえて書かなかったので
ご想像にお任せします。
両思い設定にしたら思いのほか甘くて乙女になりました(笑)
拍手第15段その6。
(月森の演奏を聞いて急にドキドキしてしまった土浦)
胸を高鳴らせてしまった理由はあえて書かなかったので
ご想像にお任せします。
両思い設定にしたら思いのほか甘くて乙女になりました(笑)