『音色のお茶会』
「under an unbrella」
夕方になって、急に雨が降り始めた。大降りではないが、傘をささずに帰れば確実に濡れるのであろうほどには降っている。
ヴァイオリンケースを持ち直し、鞄から傘を出そうとしたところでそれは俺の目に入ってきた。
雨の降る空を見上げる、土浦の横顔。
偶然に見付けたその姿に、俺はそのまま目を奪われたが、まるで雨の日特有の独特な雰囲気の中に溶け込んでしまいそうだと思った瞬間、俺は土浦の腕を掴んでいた。
驚き顔で振り向かれ、俺はハッとして手を離した。
「なっ…、って、月森か…」
触れれば土浦はちゃんとそこにいて、俺は何故、そんなことを考えてしまったのだろうと思う。
「いや…。傘ならあるが、入っていくか?」
咄嗟に思い付いた言葉を口にすれば、少し間を置いて短い了承の言葉が返ってきた。
鞄から取り出した折りたたみ傘を差そうとすれば無言で取られ、それを器用な手つきで広げてまた無言で差し出された。
自然と近付いた土浦を見遣れば、困ったように目を逸らされた。
「お前のほうが荷物、多いだろ。それに入れてもらってるのは俺だからな」
確かにそうだと思いながら、こんな風に気遣ってもらうことは初めてでどこか気恥ずかしくもある。
そしてこれもまた初めてとなる土浦との距離感に、どう対応していいのかわからなくて困ってしまう。
「濡れてないか?」
「大丈夫だ」
短い会話の後に続くのは長い沈黙で、傘に当たる雨音だけがやけに大きく聞こえるような気がした。
ひとつの傘をさして、ふたり並んで歩く。
たったそれだけのことだが、もう少し、あともう少し、こうして一緒にいたいと思った。
「駅前で寄りたいところがあるんだが、構わないだろうか」
言外に、一緒に行かないかと誘いをかければ、何故かホッとしたような表情を見せられた。
「あ…あぁ、俺も、寄りたいところがあるから、いいぜ」
そしてどこかぎこちない言葉を返され、また不自然に視線を逸らされる。
俯き加減になってしまった横顔に目をやれば、その頬がうっすらと赤くなっているように見えた。
もう少し一緒にいたいと、土浦も同じように思っていてくれたのなら嬉しい。
緊張と困惑と、それさえも愛おしくなるような幸福感。
相変わらず会話は長続きしなかったが、俺たちは駅までの道をゆっくりと歩いた。
2011.5
拍手第13段その2。
under an unbrella(傘をさして)
両片思い中か告白したばかりのある日。
こんな感じもたまにはいいかなぁと^^
拍手第13段その2。
under an unbrella(傘をさして)
両片思い中か告白したばかりのある日。
こんな感じもたまにはいいかなぁと^^