『音色のお茶会』
「violinist」
「そのコンクールで優勝したこのヴァイオリニストって日本人だけど、リョウは知ってる?」昼食を摂りながら音楽雑誌を見ていると、不意に友人から声を掛けられた。記事の内容は先日開かれたヴァイオリンコンクールのもので、開いているページには優勝者である月森の写真が大きく載っている。
「あぁ、知ってるぜ」
その名前は日本に限らず世界でも有名になりつつある。日本人という括りで聞かれたのは、ここが日本ではないからだろう。
「俺、コンサートを聴きに行ったことがあるんだけどさ…」
俺の手から取り上げるようにして持っていった雑誌を、腑に落ちない、という表情で見ている。
「リョウの演奏となんか似てるって思ったんだよな。いや、実際は正反対で似ても似つかない演奏なんだけどさ。それでもなんていうのかな、印象が似てるっていうか、一緒に弾いたら似合うだろうな、って」
そう言われてちょっと驚いた。似てるなんて言われたのは初めてだ。
「知ってるだけ? それとも会ったりとか、一緒に演奏したことかある?」
知っているかと言われれば知っているし、会ったことがあるかと言えばある。そして一緒に演奏したことがあるかと聞かれれば一緒に演奏したこともあるが、月森との関係はそれだけじゃない。
友人の手の中にある雑誌に載っているのは、正に一人のヴァイオリニストで、ニコリともせず、さもそこに載っているのが当たり前だと言わんばかりの表情でこちらを見ている。
けれど俺が知っている月森は少し違う。このコンクールのために毎日毎日、人一倍練習していたし、優勝したことを嬉しそうに報告もしてくれた。
「高校時代からのライバルなんだ、月森は」
そう答えて、でも本当はそれ以上の存在なのだと心の中で思う。
俺にとっての月森は雑誌に載るヴァイオリニスではなく、ライバルであり親友であり、そして恋人だ。
お互い自分の目指す道へと歩んでいる今、一人で弾きながら思い出すのはお互いの音色で、いつだってその正反対の音色と一緒に奏でている。
「そうか。正反対なのに演奏が似てしまうほど、それだけ意識し合ってるってことか」
核心を突いた友人の明るい一言に思わず飲みかけのコーヒーでむせりそうになり、俺はそれを悟られないようになんとか飲み込んだ。
「そう、かもな」
誤魔化すように答えながら月森の演奏を思い出す。
その演奏が似ていると言われたことはやっぱり嬉しくて、また月森と一緒に演奏したいと俺は思った。
2011.5
拍手第13段その3。
violinist(バイオリン奏者)
土浦君の留学先でのひとコマ。
第三者に認められたら、やっぱり嬉しいんだろうなぁ。
拍手第13段その3。
violinist(バイオリン奏者)
土浦君の留学先でのひとコマ。
第三者に認められたら、やっぱり嬉しいんだろうなぁ。