TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「remember」

 何気なく開いた楽譜からパラリと紙が落ちる。
「落ちたぞ、月森。って、これ…」
 俺よりも早く拾い上げた土浦の視線が、拾った紙へと縫い止められる。
「なんだ? …あぁ、懐かしいものが挟まっていたな」
 その視線の先を覗き込めば、土浦の手に握られていたのは1枚のチケットだった。
 そこに書かれた古い日付を見て、もうそんなに経ったのかと懐かしくなる。

 あれは高校2年の冬。
 春に開催された学内コンクールのメンバーで集まり、演奏会を開いた。
 それは卒業する二人の先輩とウィーンへと留学する俺への送別会を兼ねていた。
 挟まっていた楽譜はその演奏会で土浦と一緒に弾いた曲だった。
 そのメロディと一緒に、あの頃の気持ちを思い出す。

 土浦に好きだと告げたのは、演奏会を終えた帰り道だった。
 その瞬間に見せられた真っ赤な顔を、俺は忘れられない。

 同じようにそのときのことを思い出したのか、逸らされた土浦の顔はほんの少し赤く見えた。
「まだ、持ってたんだ」
 渡されたチケットを受け取りながらその顔を盗み見れば、その視線に気付いた土浦から軽く睨まれる。
「思い出の記念に」
 留学してからも、この楽譜を開いては土浦のことを思い浮かべていたことを思い出した。
「その割に、忘れてたみたいだったけど?」
 照れ隠しなのか拗ねているのか、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
 確かにこの楽譜を開いたのは久し振りで、ここにチケットを挟んでいたことは忘れていた。
「この楽譜を開く必要がなくなったからな」
 何度も何度も繰り返し弾いてきたこの曲は、楽譜の隅から隅まで暗譜済みだ。
 そして土浦と共にある今、この楽譜を開いて土浦の面影や音色を思い浮かべる必要はもうない。

 チケットを挟んで楽譜を棚へとしまいかけ、ふと思い付く。
「一緒に弾かないか」
 そう誘いを掛ければ、土浦は笑顔を返してくれた。
「折角だから、あのときの演奏会の曲、全部弾くっていうのはどうだ」
 そして土浦の提案に、俺もまた笑みを返した。

 あの頃の、まだどこかぎこちなく重なっていた音色が妙に懐かしい。
 ゆっくりと歩み寄り、混ざり合うように、溶け合うように重ねてきた音色が愛おしい。
 またいつかこの楽譜を開いたときには、きっと今日の演奏も思い出す。
 そのとき俺たちは、一体どんな音色を奏でられるようになっているだろうか。



2011.3
拍手第12段その4。
remember(…を思い出す)

大人になってこんな風におだやかな時間を過ごすようになって、
高校の頃を懐かしく思い出すことを希望してみましたよ。