TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「backstage」

 開演前、なんだか落ち着かなくて舞台の袖から客席を眺めていると、不意に手を引かれて大道具が積まれた物陰へと引きずり込まれた。
「なん…」
 その手が月森のものなのだと確認したところで出た文句の言葉は軽く触れてくる人差し指によって遮られ、引き寄せるように腰へと回された腕に動きまで封じられてしまった。
 幕が上がる前のステージ裏は薄暗く、どこか張り詰めた感じの空気が漂っている。誰もがその舞台の成功を願い、その準備に余念がない。
 そんな中で一体何をする気なのだと身構えるその前に、更に引き寄せられて耳元を唇が掠めていく。
「なっ…ぅんっ」
 今度こそ上げようと思った文句の声は触れてきた唇と絡めてくる舌に奪われ、逆に上げる気などない甘さを含んだ声が零れ落ちた。
「土浦…」
 こんなときにこんな場所でと、そう思う思考とは裏腹に、キスの合間に呼ばれるその声に釣られるかのように腕を背へと回してしまう。
 深く触れてくるわりに欲を煽ることはなく、ただほんの少しだけ意識がぼんやりとするような感じだった。
 長かったのか短かったのか。たぶん短くはなかったであろうキスがゆっくり解かれ、啄ばむように小さな音を立てたあと、身体の拘束もそっと解かれた。
「なんだよ、一体…」
 ようやく言うことの出来た文句の言葉は、けれど最初の勢いも感情も削がれてなんとなく甘ったるい感じがする。
「演奏前に、どうしても土浦を補充しておきたかったんだ」
 そう言って、滅多に見せることのない微笑みを向けてくるから月森は性質が悪い。
「ったく…」
 言葉だけは文句を言いつつ、それならば俺にも補充させろと言わんばかりに月森を引き寄せる。
 本番前の緊張も落ち着かない気分も、気付けばすっかりなくなっている。あとは本番の演奏に向けて集中することだけを考えればいい。
「あと、もう少しだけ…」
 大道具越しのざわつきが増したような気がしてそっと離れようとすれば、引き止めるように優しく手を握られた。
 言葉にしたのも行動を起こしたのも月森だったが、本当は幕が開くその瞬間まで触れていたいのだと、俺は心の中でそっとつぶやいた。



2011.1
拍手第10段その2。
backstage(舞台裏 ひっそりと、こっそりと)

開演前に何をやっているんだと突っ込みを入れつつ、
こんな話を書くのは大好きです。