TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「そっと引き寄せて、そっと抱き締めて」

 ヴァイオリンをそっと棚に置き、俺はピアノを弾いている土浦の背中へと視線を動かした。
 さっきまでの俺がそうだったように土浦は土浦の音楽の世界にいて、俺の視線にはたぶん気付いていないだろう。
 お互いに好きだという気持ちは確かめ合ったものの、俺たちにはいまひとつ何かが足りない。
 会えば話をして、お互いの時間が合えば一緒に練習して、特に用事がなければ一緒に帰る。
 けれど、会うために、話をするために、そして練習するために約束をしたことはなく、どこへも寄り道せずに、いつも同じ場所で別れる。
 科が違うから毎日必ず会えるわけでもないし、音楽に対する考え方を変えたわけでもないから今でも言い合うことは絶えない。
 好きだと、そう告げた俺の想いに応えてくれたときは、何かが変わるような予感があったのに、これでは、気持ちを確かめ合う前とまるで何も変わっていない。
 奏でられるピアノの音色に惹かれながら、文句の言葉しか口に出せなかったあの頃を思い出して胸が苦しくなった。
 そんな想いをしたくなくて、二人の関係を変えたくて、俺はこの想いを口にしたというのに…。

 無意識にそっと土浦の傍へと歩み寄ると、それに気付いたらしい土浦が曲の途中で振り返る。
 中途半端に途切れた曲はその余韻だけを漂わせ、そして静かに消えていく。
 不思議そうに俺を見る、宙に浮いたままの土浦の手をそっと握って引き寄せれば、その表情は驚いたものに変わり、瞠った目が真っ直ぐに俺へと向けられていた。
 土浦に触れていたい。傍にいるときはずっと、その想いを確かめていたい。
 そのまま引き寄せて抱き締めれば土浦の肩が小さく震えたのが腕から伝わってきて、俺はそっと腕を解いた。
 困惑気味の瞳にそっと微笑みかければ、意図を察したらしい土浦は照れ隠しのように文句を言いたげな瞳で睨み上げてきた。
 もっと早くこんな風に触れていれば、俺たちはもう少し違う時間を過ごしていたに違いない。
 今からでも遅くはないけれど、過ごせなかった時間が少し、もったいなく思えてしまう。
 その時間を埋めるように、もう一度、そっと引き寄せて、抱き締める。
 小さな文句の声は聞こえたが、そっと回ってきた腕が嬉しかった。



2010.3
拍手第8段その3。
いつでもこの腕の中に君を感じていたい。

なんだろう、このものすごく甘ったるい雰囲気は…。