TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「この気持ちに名前を付けるならば」

 何気なくつけたテレビから、聴いたことのあるヴァイオリンのメロディが流れ出した。
 高校の頃、一度だけこの曲を弾く月森の伴奏をしたことがあった。
 画面に映し出された人物はその月森だったが、俺の記憶よりも少し大人びている。
 そんなこと当たり前だ。月森が留学し、会わなくなってからもう何年もの年月が経っている。
 テロップには優勝の二文字が並び、画面はその瞬間を捉えた映像へと変わった。
 こんなときでさえ、その表情をあまり変えないところはあの頃と大して変わっていない。
 その表情に何かを思い出しそうになり、俺は視線をそらすことでそれを必死に押さえ込んだ。
 思い出してはけない。その顔もその声も、現実として認識してはいけない。
 けれどテレビを消すことが出来ず、流れてくる曲が俺の心を捉えていく。

 それは初めて二人で合わせた曲だった。
 打合せも練習もせずに弾いたその曲に満足したわけではなかった。
 だが、奏でられた音色は今でも心に残っている。
 重なり合った音色は不思議と心地よく、俺はその瞬間、自分の中にある気持ちに気付いてしまった。
 だからあれ以来、俺は一度もこの曲を弾いていない。
 その気持ちがあふれてしまいそうで、怖くて弾くことが出来ない。
 なのにあいつは、相変わらず完璧な技術でなんでもなく弾きこなしている。
 あの日の演奏などなんとも思っていないのだと、そう思い知らされて胸が痛い。
 それは気付かされたこの気持ちが、今でもまだ褪せることなく俺の胸の中にある証拠だ。

 ずっと忘れようとしていた。ずっと思い出さないようにしていた。
 だから時折こうやって画面を通してその活躍を知っても、まるで他人のことのように見ていられた。
 それなのに、月森の奏でるこの曲だけは別だ。この音色を聴いただけで、こんなにも心が揺れる。
 何故、月森はコンクールなどという俺の耳にも入りそうな場所での演奏にこの曲を選んだのだろう。

 俺は胸の中にあるこの気持ちに名前を付けてしまう前に、テレビの電源を落とした。



2010.3
拍手第8段その2。
その名前は、恋

土浦君の片思い。
でもたぶん、月森君の選曲はわざとだと思います。