『音色のお茶会』
「平穏な日々に興味はない」
引越しの荷物を片付け中に、俺は一息つこうとベッドへ腰を下ろした。小さな窓からはまだ見慣れない街並みが見え、隣の部屋から月森のヴァイオリンが聴こえてくる。
今日からここが俺の部屋になる。そしてこの景色とこの音が、当たり前の毎日になる。
俺は留学のため、すでに1年以上前にウィーンへと留学していた月森の元へ引っ越してきた。
家賃が安く済むとか、慣れない場所で一人暮らすよりは安心だとか、そんなのはたぶん言い訳だ。
俺は月森がいるから留学先にウィーンを選んだし、月森はそれまでより広い部屋に引っ越していた。
出逢ったばかりの頃は、まさかこんな風に一緒に生活する日が来ることなんて全く想像出来なかった。
顔を見れば言い合い、その音色を聴いてまた言い合った。
あの頃は、音楽に対する考え方の根本が全く違っていた。
時間を掛けて少しずつ近付いて、少しずつ理解し合って、少しずつお互いを認め合った。
そんな面倒くさい手段を踏んでやっと、好きなのだという気持ちにも気付いた。
でも、そこからもまた俺たちは大変だった。
気持ちを素直に認められなくて伝えられなくて、そして素直に受け取ることも出来なかった。
月森はウィーンへの留学を決め、離れてしまうのだとわかっていても、俺たちは素直になれなかった。
本当に色々あった。悔しい思いもいっぱいした。
だから今、俺がウィーンにいる月森の元に来たことは奇跡なのかもしれない。
どこかでひとつでも諦めていれば、俺と月森が一緒にいることはなかったと思う。
こうやって一緒に暮らすところまで、進展することはなかったかもしれない。
たぶんこれからも、色々あるのだろう。俺と月森の間に、何もないほうが考えられない。
けれどそのほうが俺たちらしい。穏やかで何もない日々なんて、きっと退屈だ。
何があってもどんなに言い合っても、好きだと思う気持ちだけはずっと変わらなかった。
その気持ちがずっと変わらないから、きっと何があっても俺たちは大丈夫なんだろう。
そんなことを考えていると、聴こえてくるヴァイオリンの音が止んだ。
月森の声が聞きたくて、月森と話をしたくて、俺はベッドから立ち上がる。
でもやっぱり素直な言葉は言えなくて、そろそろお茶にでもしようかと、月森の背中に声を掛けた。
2010.2
拍手第7段その6。
俺たちに平穏なんて言葉は似合わない。
実際、ぶつかり合ってこそ、LRなんだと思います。
そんな話を書けるかどうかは別として…。
拍手第7段その6。
俺たちに平穏なんて言葉は似合わない。
実際、ぶつかり合ってこそ、LRなんだと思います。
そんな話を書けるかどうかは別として…。