『音色のお茶会』
「ゆっくりと近付いて」
小さな電子音が朝を告げる。それはいつもと変わらない朝。けれどその電子音を止めても、それとは違うメロディが鳴り響いている。
「ピアノ…?」
俺は無意識につぶやいて、その音色の出所に思い当たった。
土浦がピアノを弾いている。
そう思った途端、心の中が温かくなった。そして昨日までとは違う朝の訪れに思わず笑みがこぼれた。
その音色をもっと近くで聴きたくて身じろげば、微かに残るぬくもりに触れる。そこから土浦の気配が感じられて、優しい気持ちになる。
ベッドから下り、隣の部屋へと続く扉をそっと開けると、その扉に隔たれていた音が真っ直ぐに飛び込んできた。
どこか愁いを帯びたその旋律は、懐かしい何かを思い出させる。このままずっと、いつまでも聴いていたいと思わせる。
俺はその音色に引き込まれるように、そっと目を閉じた。
初めて聴いた土浦の音色を、俺は好きになれなかった。
けれどそれまでに聴いた誰とも違うその音色に、心が惹かれていくことを止められなかった。
それは土浦自身に対してもそうだった。
相容れないと思うのに、心の深いところへと入り込んでくる。
そして今、土浦は俺の隣にいる。
最後の音が余韻となる前に俺は拍手をしながら土浦に近付くと、弾き終えて満足そうな顔が驚きの表情に変わり、そしてすぐに笑顔を見せた。
「悪い、起こしちまったか」
振り返るように俺を見上げた土浦へそっと手を伸ばし、顎を捉えて触れるだけのキスをする。
「いや、朝一番に君のピアノを聴けるのは何よりの幸せだ」
舞台での演奏よりも、一緒に練習するときよりも、こんな風に何気ない日常で聴く土浦のピアノは何よりも贅沢だと思う。
「時差に慣れない所為か早く目が覚めたんだが、無性に弾きたくなってさ」
そう言って少し申し訳なさそうな顔をするから、俺は土浦をそっと抱き締めた。
「何の遠慮も要らないだろう。ここはもう君の家なのだから」
これから、二人の生活が始まる。いつでも土浦を隣に感じていられる。
「だが…。いや、たぶんわかっているつもりなんだけどさ、まだ慣れないんだよな」
腕の中から、苦笑い気味の声が聞こえてきた。
「ゆっくり慣れればいいさ」
俺の言葉に頷いた土浦の腕が、そっと俺の背に回される。
ゆっくり慣れればいい。ゆっくり近付けばいい。今までだって、俺たちはそうやってきたのだから。
2010.1
拍手第6段その8。
もっと近付いて、もっと分かり合いたい。
ウィーンでの同居2日目の朝。
2日目だけど、気分的には初日なのかしら。
というか、同居じゃなくて同棲??
拍手第6段その8。
もっと近付いて、もっと分かり合いたい。
ウィーンでの同居2日目の朝。
2日目だけど、気分的には初日なのかしら。
というか、同居じゃなくて同棲??