『音色のお茶会』
「まさかそんなことあるわけないよな」
見覚えのない天井。やけに重い頭。引っ掛かっているのに思い出せない、何か。目が覚めて、最初に思ったのはこの3つ。
自分の部屋ではないこの天井は一体どこなのだろうと頭を動かせば、ズキリとした重い痛みに襲われ、思い出そうとする思考の邪魔をする。
その痛みにとりあえず考えることを止めて目をつぶれば、すぐ隣に人の気配を感じて俺はもう一度目を開けてゆっくりと首を動かした。
「なっ、痛ぅ…」
思わず叫んで起き上がろうと思った俺の行動は、とんでもない頭の痛みによって阻まれた。
ズキズキなんて生易しいもんじゃない。ガツンと、とてつもなく重たいもので思い切り頭を殴られたかのような激しい痛み。
けれどそれよりも、隣に見えたその後ろ姿がまず、俺には衝撃的だった。
(なんで月森と一緒に寝てるんだ、俺はっ!)
痛む頭を必死に動かし、昨日の記憶を探り出す。
(昨日、昨日、昨日…)
微かに蘇ってきた記憶の糸を手繰り寄せれば、断片的な映像が脳裏に浮かぶ。
(演奏会があって、打ち上げに行って、帰り道に月森と喧嘩して、月森と二人で飲んで…。って喧嘩の後に二人でって、順番おかしくないか?)
もう一度、思い浮かぶ映像を整理していくが、間にあるはずの詳細が思い出せないだけでどうやら順番は間違ってないらしい。
喧嘩して、それが終われば意気投合、なんてことは俺たちには今更過ぎて有り得ないと思うが、何もなく二人で飲むことはないだろうからきっと何かがあったのだろう。
そしてどうやら二人で飲み始めたのが月森の家だったのだと、そこまでは思い出すことが出来た。
つまり、ここは月森の家、というか月森の部屋だということだろうか。
その辺りのことが全く思い出せず、俺は痛む頭へと手を伸ばそうとして隣に眠る月森の背に思い切り腕を当ててしまった。
「…ん、なん、だ…」
それが眠っていた月森を起こしてしまったらしく、寝起きの擦れた声が聞こえてくる。そして微かな身動ぎの後、月森は寝返りを打つようにこちらを向いた。
不意に目の前へと近付くことになったやけに整った顔が、俺の思考と動きを奪う。
目覚めを表すように瞼が揺れ、そこから色素の薄い瞳が現れる。寝起きのぼんやりとしたその瞳に、俺が映っている。
「おはよう…」
その声が耳に届くと同時に、月森の指は不意に俺の頬を掠めていく。
触れられたことなどないはずなのに、俺はその体温も仕草も知っている。
(いつ…?)
そう思った途端、頭の中を記憶の映像が流れていく。
耳元でささやかれた言葉。絡み合うお互いの視線。俺よりも少し低い、そのぬくもり。
俺に残されたのは、3つの記憶。
まさかそんなこと…。
断片的に蘇る記憶が、俺の考えを否応なしに崩していく。
あるわけが…。
「ない、よな?」
確かめるようにつぶやいてみたが、不思議そうに見つめてくる月森のその眼差しは俺の否定を肯定してくれそうにない。
そして、そっと包み込むような手に引き寄せられて、俺は思わず目を閉じてしまった。
そんな自分の反応に、もう否定する意味はないのだと、そう思った。
2009.11
拍手第4段その7。
心で否定しながら、別の心が肯定する。
そして嫌ではないのだと、気付かされる。
前の日に、何があったんだろう…。
「さ」の続きとしても読めるような気がします。
拍手第4段その7。
心で否定しながら、別の心が肯定する。
そして嫌ではないのだと、気付かされる。
前の日に、何があったんだろう…。
「さ」の続きとしても読めるような気がします。