『世紀末のお茶会』
「二人だけの秘密～緒方Version～」300Hit 霜月さまへ♪
ちょうど季節の変わり目。暑かったり寒かったり。晴れたり雨が降ったり。
そんな季節の変わり目の、不安定な天気の毎日の中。
ある日俺は風邪をひいた。
「緒方君、具合はどうだい？」
高杉さんの声が聞こえて俺は部屋のドアの方に視線を向けた。
「あ～・・・・・・・」
返事をしようと開いた口から出た言葉はたった一言で、俺はなんだか情けなくなった。
はじめは鼻風邪くらいの軽いものだったのに、今は喉の痛みと高熱で、情けないくらい風邪にやられていた。
「無理にしゃべらなくてもいいよ」
ベッドがきしんで座った気配とともに優しい声が聞こえて、俺は視線を高杉さんのほうへ向けた。
「ずびばぜん…」
やっとの事でしゃべった声は本当にひどくて、上手く言葉に出来ない歯がゆさで悔しくなった。
「氷枕持ってきたけど、頭上げられるかい？」
高杉さんの言葉に小さくうなずいて答えた。そしてゆっくりと頭を上げる。熱のせいなのか身体に力が入らなくて、頭を上げるたったそれだけの動作が辛かった。
そんな俺の頭を優しく抱え上げられて、またそっと枕に戻してもらった。触れられた高杉さんの手からすごく安心を感じた。
「まだ熱がだいぶあるな…」
心配そうな高杉さんの声と手の感触、そして頭から伝わる冷たさで俺は思わず目を閉じた。
「ふぅ」
安心感と心地よさで、自然と小さなため息が出た。
氷が揺れる音が聞こえ、そして冷たいタオルの感触が俺を包んだ。
「辛いかい？」
それと同時に聞こえる高杉さんの優しい声。
俺は心配をかけたくなくて首を横に振って答えた。
額に触れるタオルの冷たさと、そして何より頬に触れられた高杉さんの手が心地よくて俺は思わずその手を握った。力が入らないのが、すごく悔しい。
「緒方君？」
なでるようにしてふれてくれていた手の動きを止めた高杉さんの声が俺の耳に届いた。
「つめた…きもち、い…い…」
俺はその手が本当に心地よくて、気持ちよくて、頭で考えるよりも先に口から言葉が出ていた。
触れられている、その手のぬくもりが冷たさが、本当に気持ちいい。
「耕作…」
その声と同時に逆の頬にも高杉さんの手を感じ、俺は本当にうれしくなった。
冷たさよりも何よりも、高杉さんの手が触れている、という事が今の俺には何にも変えられないくらいの気持ちよさだった。
俺は焦点の定まらない目で高杉さんの事を一生懸命に見ていた。もっと、きちんと見たいのに…。
「耕作…」
高杉さんの、俺を呼ぶ声が最高に幸せだった。
「…ん……」
俺が憶えているのはここまで。俺の意識はゆっくりと、まるでもやがかかったように薄れていった。ただ、俺は心地よいその手の感触だけは手放したくなくて、ずっと握りしめていた。
「食欲はあるかい？」
次の日。昨日までの熱がまるで嘘のように下がりはじめ、喉の痛みもなく声も元に戻って元気が復活し始めた俺の部屋に、高杉さんははお盆を持って入って来た。
「実はすきまくりです」
昨日はまったくと言っていいほど食欲がなくて、何も食べていないに等しかったその反動なのか、すごくおなかがすいていた。食欲よりも、喉の痛みで食べられたものじゃなかったのだけど。
「良かった。食欲が出てきたのなら、きっと大丈夫だね」
高杉さんの安心したような声を聞いて、ちょっと申し訳なく思う。心配かけちゃったんだよな…。
高杉さんはベッドの脇に座り、鍋の蓋をあけた。
「わっ、うまそう」
鍋の中のおかゆから美味しそうな匂いがして、俺は思わず声をあげた。
「今日は洋風にしてみたよ」
高杉さんは笑顔でそう言っておかゆをすくっている。
「はい」
ふーっと冷ましたそのおかゆ入りレンゲをにっこり笑顔で差し出され、俺はちょっとびっくりした。
「え、あ、自分で食べられますよ～」
その笑顔とその行動がなんだかすごく恥ずかしくて、俺は慌ててそう答えた。
「だーめ」
なおもにっこりとした笑顔が目の前にあって、俺はまた照れてしまう。
その笑顔には絶対勝てません…。
「じゃ、じゃあ…。いただき、ます…//////」
なんだか食べさせてもらう事がすごく気恥ずかしい。
「もしかして、…楽しんでます？」
あまりにも笑顔な高杉さんを見て、俺は思わずそう考えてしまった。
「まさか。僕は緒方君に何かしてあげたいからやってるんだよ」
答えはすぐに返って来た。
「そ、そうですよね…」
あまりにも真剣そうなその言葉と表情に嘘はない。俺はまた照れてしまい一言そう言うのが精一杯だった。
「起きれない状態なら口移しでって思っていたんだけどね」
高杉さんの言葉に俺の顔は情けないくらい赤くなったと思う。
どうしてこういうセリフをさらっと何でもなく言ってくれるのだろうか、この人は。
「た、高杉さん！！」
俺は思わずその名を呼んでしまった。
「残念だったなぁ…」
本当に残念そうな顔で高杉さんはじっと俺の事を見ている。俺と言えば、なんだか動揺してパニック状態になりかけていた。
「え？」
高杉さんがなにかつぶやいたような気配がして俺は思わず聞き返した。何か、たくらんでいたっぽい顔をしてる。
「なんでもないよ」
高杉さんのその笑顔がなんだか怪しい。
俺は思わず上目遣いで高杉さんの事を見た。
「洋一郎さ～ん？」
非常手段だ。俺はめったに呼ぶことの出来ないその名を呼んでみる。
高杉さんはちょっと動揺したようだ。
「今ここで実践してもいいけど？」
「……////」
しかし…俺の非常手段も今日は通用しなかったらしい…。俺はやっぱり、この高杉洋一郎には勝てないのだ…。
「３７度。だいぶ下がってきたね」
熱を測った体温計を見ながら高杉さんはそう言って笑っていた。
「やっと下がりましたよ～」
その温度を聞いて、俺もうれしくなった。ここまで下がれば、後はちょっとだ。
「昨日まではずっと高熱続きだったから、どうしようかと思ったよ」
高杉さんの心配そうな優しい瞳がすごくうれしい。
「俺も熱出してこんなに寝込んだのは初めてですよ。風邪すらめったにひかないのに」
本当に…元気が取得の俺にはめずらしい事だ。
「昨日のキスで、本当に熱、吸い取っちゃったのかな」
にっこり笑顔で高杉さんにそう言われ、俺は何の事かと不思議に思う。
「昨日の…キス…？？」
俺…昨日高杉さんとキスしたか？？記憶ないぞ…。
「どうしたんだい？」
そんな俺を、高杉さんは心配そうに見ていた。
「な、なんでもないっスよ」
俺は思わず慌てて答えた。そして次の瞬間、俺は高杉さんの表情を見て驚いた。
高杉さんは不安そうな、淋しそうな、すごく悲しそうな表情をしている。
「もしかして…嫌だったのかな…」
「ち、違いますよ！俺…実は昨日の事あまり良く憶えてなくて…」
俺はすぐさま高杉さんの言葉を否定した。俺は高杉さんにそんな表情をさせてしまうような事をしてしまったのだ。
「なんだ、そうだったのか…」
高杉さんが安心したような表情に戻って、俺も安心した。
「高…んっ…」
急に抱きしめられ、思わずびっくりして名前を呼ぼうと思った俺の声は、触れられた高杉さんの唇でふさがれてしまった。
「昨日の夜、僕のキスで緒方君の熱が下がったんだから、もっとすれば平熱に戻るよ」
本当に触れただけの高杉さんの唇。そこからにっこりとした笑顔とともにそんな言葉が発せられた。
「だ、だめっスよ、高杉さんに移ったら大変じゃないですか！」
俺は慌ててそう答えた。高杉さんには絶対風邪を移したくない。
「大丈夫だよ、もし移るのなら昨日のうちにもう移ってるからね」
やっぱり返って来た高杉さんの言葉に、俺もまた言葉を返した。
「今日は移るかもしれないじゃないですか」
そうすると高杉さんはちょっと考えているようだった。
「そうだね…。じゃあ、憶えていなかったバツ」
そして、にっこり笑顔でそう言われてしまう。
「それとも嫌なのかい？」
まったく…どうして高杉さんは俺の決意を壊す言葉を上手いタイミングで言ってくれるのだろうか…。
俺は思わず小さなため息を付いてしまった。
「嫌なわけ、ないじゃないですか…」
俺はそうつぶやいた。俺は…憶えていなかったことも悔しいと思っているのに…。
「ごめん、ごめん」
高杉さんはそう言って俺を抱きしめ、優しく頭をなでてくれた。
俺はその優しさがうれしくて高杉さんの事を抱きしめた。
「俺も…ずっと…だったから…。本当は…//////でも、高杉さんに風邪移したくなかったんですよ…」
俺は俯いたまま、素直に自分の気持ちを打ち明けた。
ずっとずっと…このぬくもりが恋しかった…。
「大丈夫。緒方君の風邪なら、僕のものも同然だ」
真剣なその表情とその言葉。
「高杉さん…」
俺はうれしさのあまり、名前を呼ぶ事くらいしか出来なかった。
「耕作…」
見つめ合い、お互いの名を呼び…。高杉さんの唇がそっと俺に触れた。
ゆっくりとだんだんと深くなる口付け。
俺は高杉さんの事を、ぎゅっと抱きしめた。
さて。俺の風邪が高杉さんに移ったかどうか…。
それは高杉さんと俺の秘密ってことで
二人だけの秘密～緒方Version～
2000.7.2