『世紀末のお茶会』
「二人だけの秘密」300Hit 霜月さまへ♪
ちょうど季節の変わり目。暑かったり寒かったり。晴れたり雨が降ったり。
そんな季節の変わり目の、不安定な天気の毎日の中。
ある日緒方が風邪をひいた。
「緒方君、具合はどうだい？」
氷枕を抱え、高杉は緒方の部屋をノックした。
「あ～・・・・・・・」
緒方は焦点の定まらないぼーっとした目をドアの方に向け、入ってきた高杉に返事をしようとして失敗する。
「無理にしゃべらなくてもいいよ」
ベッドの脇に腰を下ろし、高杉は優しい目で緒方の事を見つめた。
「ずびばぜん…」
やっとの事でしゃべった緒方の声はとてもひどかった。
鼻風邪から始まり、続いて喉から来る高熱…と緒方の風邪は治るどころか日に日に悪化していた。
「氷枕持ってきたけど、頭上げられるかい？」
つらそうな緒方の顔をじっと見ながら、高杉はそう言って緒方の頭に手を伸ばした。
緒方はうなずいて、少しだけ頭を上げた。熱のせいで力が入らない。
高杉はそんな緒方の頭をそっと抱えあげ、氷枕を置き、またそっと頭をその上に戻した。
「まだ熱がだいぶあるな…」
手から伝わる緒方の熱は、人肌のぬくもりなんてとっくに通り越した熱さで、高杉は心配そうにその顔を覗き込んだ。
頭から冷たさが伝わった緒方は、目を閉じてちょっと微笑んだ。
「ふぅ」
そして小さくため息を付く。
「辛いかい？」
枕元に置いた氷水でタオルをすすぎ、緒方の汗を拭きながら高杉はつぶやくように声をかけた。
緒方は心配をかけまいと小さく首を振って答えた。
そんな緒方を愛しそうに見つめ、もう一度タオルを絞ると今度は額の上に置いた。
伝わる冷たさにもう一度微笑む緒方は、蒲団の中からゆっくりと手を伸ばし、力のあまり入らない手で高杉の手を握った。
「緒方君？」
そっと、なでるように頬に触れていた手を握られ、高杉はびっくりしてその名を呼んだ。
「つめた…きもち、い…い…」
緒方は半分無意識にそうつぶやいた。
氷枕を作ったり、氷水でタオルを絞ったりした高杉の手は、緒方とは逆に冷たくなっていた。
「耕作…」
高杉はつぶやき、逆の手もそっと緒方の頬に触れた。
高杉には緒方のぬくもりが、緒方には高杉の冷たい手の気持ちよさが、それぞれ伝わる。
そしてしばらくそのまま、見つめ合うように２人は黙っていた。
「耕作…」
最初にその沈黙を破ったのは高杉で、両手で緒方の顔を包み込んだままそっとその唇に触れた。
「…ん……」
熱さのせいか、息苦しさのせいか…。それとも無意識なのか、緒方の口から小さく吐息がもれた。
高杉はまるで緒方の熱を吸い取るかのように深く口付けた。
もう冷たさは残っていない高杉の手を、緒方はぎゅっと握ったまま離そうとしなかった。
「食欲はあるかい？」
次の日。熱もだいぶ下がり、声も元に戻った緒方の部屋に、高杉はおかゆののったお盆を持って入った。
「実はすきまくりです」
ちょっと照れた風に緒方は答えた。
緒方は昨日一日、喉の痛みと高熱で殆ど何も食べていなかった。
「良かった。食欲が出てきたのなら、きっと大丈夫だね」
安心したように微笑み、高杉はベッドの脇に腰を下ろすと鍋の蓋をあけた。
「わっ、うまそう」
鍋からただよう美味しそうな匂いに、緒方は素直にうれしそうな声をあげた。
「今日は洋風にしてみたよ」
高杉は緒方に笑顔を返しながら、レンゲにおかゆを一口分すくってふぅ、と冷ます。
「はい」
にっこり笑顔で目の前におかゆ入りレンゲを差し出され、緒方はちょっとびっくりした。
「え、あ、自分で食べられますよ～」
照れて、真っ赤な顔で緒方はそう言った。
「だーめ」
にっこり笑顔の高杉には緒方も勝てない。
「じゃ、じゃあ…。いただき、ます…//////」
高杉はずっと笑顔で緒方に食べさせていた。
緒方はその度ちょっと赤い顔で照れた風に食べていた。
「もしかして、…楽しんでます？」
途中、なんとなく緒方はそう言って高杉の事を見つめた。
「まさか。僕は緒方君に何かしてあげたいからやってるんだよ」
「そ、そうですよね…」
真剣に答えられ、緒方はもっと照れた。
「起きれない状態なら口移しでって思っていたんだけどね」
更に更に、にっこり笑顔で言われた言葉に、緒方の顔の赤さは最高点に達した。
「た、高杉さん！！」
「残念だったなぁ…」
高杉は緒方の事をじっと見つめていた。
「昨日やればよかった…」
そして緒方には届かないような小さな声でぼそっとつぶやいた。
「え？」
動揺と恥ずかしさでパニック状態だった緒方が、何を言ったかは分からない高杉の声に反応した。
「なんでもないよ」
笑って高杉はごまかした。
「洋一郎さ～ん？」
少し上目遣いでめったに呼ばない下の名前で呼ばれ、高杉は一瞬動揺した。
「今ここで実践してもいいけど？」
「……////」
どうやら高杉の方が、やっぱり１枚も２枚も上手だったらしい。
「３７度。だいぶ下がってきたね」
緒方の熱を測った体温計を見ながら高杉は笑顔でそう言った。
「やっと下がりましたよ～」
緒方もうれしそうに笑っている。
「昨日まではずっと高熱続きだったから、どうしようかと思ったよ」
高杉は心配そうな目を緒方に向けた。
「俺も熱出してこんなに寝込んだのは初めてですよ。風邪すらめったにひかないのに」
緒方の顔から笑顔がこぼれる。
その笑顔を優しく見つめ、ふと思い出したように高杉は口を開いた。
「昨日のキスで、本当に熱、吸い取っちゃったのかな」
にっこり笑いながらそう言った高杉の事を、緒方は少し不思議そうに見つめた。
「昨日の…キス…？？」
そして高杉には聞こえないようにつぶやいた。
「どうしたんだい？」
言葉は聞こえなかったものの、緒方の様子が少し違う事に気が付いて高杉はまた心配そうな目を向けた。
「な、なんでもないっスよ」
慌ててそう答えた緒方は次の瞬間、高杉の顔を見て驚いた。
「もしかして…嫌だったのかな…」
不安そうな、淋しそうな、そんな表情と声で高杉はつぶやいた。
「ち、違いますよ！俺…実は昨日の事あまり良く憶えてなくて…」
緒方は高杉の言葉にすぐさま否定の言葉を返し、そしてちょっと申し訳なさそうに答えた。
「なんだ、そうだったのか…」
高杉は安心したように笑顔でつぶやき、そして緒方の事を抱きしめた。
「高…んっ…」
驚きにその名を呼ぼうとした緒方の声は、高杉の唇によって封じられてしまった。
「昨日の夜、僕のキスで緒方君の熱が下がったんだから、もっとすれば平熱に戻るよ」
触れただけの唇を離し、にっこり笑顔で高杉はそう言った。
「だ、だめっスよ、高杉さんに移ったら大変じゃないですか！」
緒方は慌ててそう答えた。
「大丈夫だよ、もし移るのなら昨日のうちにもう移ってるからね」
高杉にさらりと答えられ、緒方はそれでもまた１つの提案を出してみる。
「今日は移るかもしれないじゃないですか」
その言葉に高杉はちょっと考える素振を見せた。
「そうだね…。じゃあ、憶えていなかったバツ」
そして、にっこり笑顔でそう言った。
「それとも嫌なのかい？」
加えてこの言葉を言われ、緒方はちょっとだけ小さくため息を付いた。
「嫌なわけ、ないじゃないですか…」
緒方は小さくつぶやくようにそう言った。
高杉はそっと抱きしめ、優しく頭をなでた。
「ごめん、ごめん」
緒方の腕が高杉の背にまわされた。
「俺も…ずっと…だったから…。本当は…//////でも、高杉さんに風邪移したくなかったんですよ…」
少し俯きながら小さくつぶやく緒方の言葉は、高杉をとてもうれしくさせた。
「大丈夫。緒方君の風邪なら、僕のものも同然だ」
高杉はそう言ってじっと緒方の顔を見つめた。
「高杉さん…」
その言葉と向けられた表情に、緒方は名前を呼び返すのが精一杯だった。
「耕作…」
見つめ合い、お互いの名を呼び…。その次の行動に出たのは高杉の方が先だった。
ゆっくりと触れる唇。背にまわされる腕。
部屋の温度は、少し上がったかもしれない。
さて。緒方の風邪が高杉に移ったかどうか…。
それは二人のみぞ、知る（笑）
二人だけの秘密
2000.7.1