TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

背中合わせの未来3

 納得が出来ないままその場を去ることが出来ず、俺たちは土浦が使っていた練習室で話をすることになった。
 目の前にいる土浦は音楽科の生徒で、俺とは1年のときから同じクラスだったらしい。なんでもなく俺を蓮と呼ぶところを見ると、仲はいいということなのだろうか。今日は正門前で待ち合わせをし、一緒に帰る予定だったそうだ。廊下を歩く俺をみつけ、ドアを開けたところで置いてあった楽譜が風に飛ばされたと言っていた。
 その言葉を全て信じたわけではなかった。それが本当だという証拠はどこにもなかったが、けれどそれが嘘だという証拠もどこにもなかった。
 とりあえず俺も、俺の知っている土浦の話をした。
 俺が土浦は普通科の生徒で、コンクールの出場が決まったことで初めて会ったのだと言うと、土浦はそれをとても驚いていた。
「君はコンクールに出ていないのか」
 思わずそう聞くと、俺の伴奏者だったという答えが返ってきた。
 俺にとってはそのほうが驚きだった。土浦の伴奏でヴァイオリンを弾いたことがなかったわけではないが、どちらかといえば伴奏向きの演奏ではなかった記憶しかない。
 けれど、もう一度、土浦と共に音楽を奏でたいという思いは心のどこかにずっと持っていた。土浦とならば、今よりももっと上を目指していかれるような気がする。
 そう考えれば、土浦の伴奏でコンクールに出場していたという俺を、どこか羨ましくも感じてしまう。
「本当に違うんだな、俺と、お前が知っている俺は」
 少し困ったように、土浦はそう言って笑っている。
 見せられたことのない表情が目の前にあって、俺は誰と話をしているのだろうかと不思議に思ってしまう。
 俺の言葉にいつでも嫌な顔をして文句を付けてくるはずなのに、何かを察しているような返事が返ってくることはあっても、今はその文句が返ってこない。
「まぁ、俺の知っている蓮と、お前も違うんだけどな」
 そう言われて、俺はここのところ考えていることを思い出した。
 もしも土浦が音楽科に入っていたら。
 きっとそんな土浦と別の出会い方をしている俺が、この土浦が知っている俺なのだろう。
 俺はどう違うのだろうか。俺は、土浦との出会いでどう変わっているのだろうか。
「俺は…」
 それを聞こうと言いかけて、俺は聞いてはいけないような気がしてその言葉を止めた。
 それを知ってどうするのだろうか。それを知っても、それは“俺”じゃない。そして俺がそうなれるわけではない。
 そう気付いた途端、俺は何故か胸に痛みを感じた。
「なんだ」
 言いかけた俺の言葉を待つ土浦の視線が真っ直ぐに俺を捕らえ、その痛みは急激に増した。
 この視線が向けられているのは俺ではない。俺が知る土浦は、こんな表情を俺に向けてくることはない。
「君は、誰だ」
 思わず口に出たその言葉に、土浦は驚いた表情を向けてきた。
「何故、俺の前に現れた」
 これは何かのいたずらだろうか。それとも悪い夢でもみているのだろうか。
 俺の望んだ関係の土浦が目の前に現れても、俺と土浦がその関係を築いたわけではない。俺は、俺のままだ。
「その言葉、そっくりお前に返すぜ。…って言いたいところだが、もしかしてお前の知っている俺はお前と仲が悪かったりするのか」
 土浦は一瞬、意志の強そうな強い視線を向けてきた後、ため息混じりにそんな言葉を続けた。
 そういえば、土浦との出会いは話したが、その後のことはまだあまり話していなかった。
「いいか悪いかと聞かれれば悪いとしか答えられない。以前のように無意味に言い合うことは少なくなったかもしれないが、逆に必要なこと以外はほとんど話さなくなった」
 それに、今はあまり会わなくなったから話をすること自体、少なくなっている。
「そうだよな、俺たちだってそうだったもんな…」
 まるで独り言のようにつぶやいた土浦の言葉に、俺はふと疑問に思った。
「二人は仲がいいわけではないのか」
 さっき聞いた話では仲がよさそうだと思ったが、それは俺の勘違いだったのだろうか。
「え、あぁ、まぁ、今は仲がいいけど、俺と蓮が最初から仲がいいなんて、あるわけがないだろう」
 ほんの少し視線が逸らされ、慌てたようにそう答える土浦に、どうしてだろうと俺は思った。
 思わずその視線を追うように土浦を見れば、照れたように見るなと言われ、その表情にドキリとした。
 そして俺は、それが土浦だからなのだと気付く。
 普段、人に何を言われてもあまり気にならないのに、土浦の言葉はいつも心のどこかに残った。土浦が俺に向けるそのにらむような視線の意味を、俺は何故だろうと考えていた。
 けれど、理解しようと思ったことがあまりないのだと思い出す。その意味を聞いても解り合うことはないと、勝手にそう決め付けていた。
 俺はこんなにも土浦のことを気にしていたのに、そのことに自分でさえ気付いていなかった。
 でも、今ここにいる土浦は本当に俺が気にしている土浦ではない。そして土浦がこんな表情を俺に見せたのも、俺ではないもう一人の“俺”を思い出したからなのだろう。
「何か分かったのか」
 少し考え事に耽っていた俺に、急にそんな声が届いて俺はまた土浦へと視線を戻した。
「いや…」
 分かったかと聞かれれば何か掴みかけているような気もするが、それをうまく説明できるほどにままだ俺にも分かっていない。
 それよりもこんな風に聞かれたことはなくて、どう答えていいのか分からないと言ったほうが今は当たっているかもしれない。
「やっぱりお前も蓮なんだな」
 そして言われたその言葉に、何のことだろうと思う。
「いつも自己完結だ」
 どこか悲しそうな顔でそう言われ、俺は少し驚いた。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
 きっと、言葉に出して言うつもりなどなかったのだろう。それを言ってしまったのは俺が俺ではないからか。
 そして言われた言葉の意味を考える。
 確かに俺はあまり人に意見を聞かないところがあるように思う。それは人の意見に流されたくないからで、だから自分で導き出した答えを覆すこともしない。そしてその答えがどうやっても重なることのない土浦と、いつでもぶつかり合ってしまう。
 俺はいつでも決め付けて、相手を否定してばかりだ。
「すまない…」
「言う相手が違うだろ」
 思わず出た言葉に、土浦はすぐに苦笑いでそう答えた。
 伝えなければいけないのは、俺の言葉に何かを察してくれるこの土浦ではない。言葉にして伝えなければ伝わらない土浦だ。
 けれど今、その土浦はいない。俺はもしもなどと現実ではないものばかりを求めて、その関係を変えることではなく、変わっていたのであろう俺たちのことばかりを考えていた。
 そんな風に俺が考えていた土浦がいるここは、一体どこなのだろうか。