『音色のお茶会』
背中合わせの未来1
いつも一人でヴァイオリンを弾いていた。だからこの先も、ずっと一人で弾いていくのだと思っていた。
春に学院内でコンクールが開催された。いつもと少し違う趣旨だったとはいえ、そのコンクールへの参加は、俺にとってはただの通過点になるはずだった。
コンクールが終わってもその考えに変わりはないが、それまでとは違う考えも持ち始めている自分を感じている。
音楽に対する考え方も、ヴァイオリンを弾くことに対する思いも、コンクールを通して変わったように思う。変わったというより、気付いていなかったことに気付かされたと言った方が合っているかもしれない。
コンクールで競い合うということは、競い合う相手がいるということ。そんな当たり前のことにも、俺は気付いていなかった。
そして、それだけではない、もっと別の大切なものを俺は手に入れたように思う。
その一つが土浦との出会いだった。
初めて会ったときからお互いの第一印象は最悪だった。それは話をするようになってもあまり変わることはなく、むしろ悪くなる一方だったように思う。
そんな風に誰かと仲違いすることはよくあった。そしてその誰もがあからさまに俺を敬遠するようになる。
けれど土浦は微妙な距離を保った場所に留まっていた。近付くことはなかったが、かといって離れてしまうわけではないその距離間は、俺にとって初めての経験だった。
陰でこそこそ言うのではなく堂々と意見され、俺は人の意見というものを深く考えるようになった。それが同意出来るかどうかは別問題として、答えが一つではないことに俺は気付かされた。
それ以外にも今まで考えもしなかったことや気付きもしなかったことを、俺は土浦との色々なやりとりで知ることが出来た。
だから土浦との出会いは俺にとってとても意味のあるものになった。
けれど俺たちの仲がよくなったかといえばそうではない。会えば不毛な言い合いを繰り返すし、その考え方も弾き方もどうして同意できるものではなかった。
そしてそれは土浦もきっと同じなのだと思う。
だから土浦の実力を認めていても、土浦自身を嫌っているわけではなくても、それを素直に言葉にしたことはなかった。
もしも、もう少し違う出会い方をしていたら、俺たちはもっと理解し合うことが出来ただろうか。
土浦が音楽科に入っていたら、どんな出会いをしていたのだろうかと考えたことがある。
ほんの少し弾いたことがある程度だと思っていたピアノの技術は音楽科の生徒よりも優れているし、口で言うよりもずっと、音楽に対する思いが強いことはこの数ヶ月で知ることが出来た。
だから土浦が何故音楽科に入らなかったのかと俺は思った。それに、本当に音楽から離れたかったのならば、家から近いとはいえわざわざ音楽科がある学校に通うことはないだろう。
音楽から意識的に離れていた土浦のそのやり方をずっと理解出来ないでいたが、土浦には音楽以外の選択肢があったこと、それを自らの意思で選ぶことが出来たこと、そしてそれを選ばざるを得ない事情があったのだと、今になってやっとそう考えることが出来るようになった。
小さい頃から音楽という選択肢しかなかった俺にとって、それはほんの少しだけうらやましい。
けれど、土浦ほどの実力の持ち主が表面上だけとはいえ、音楽から離れていたことを俺はどうしてももったいないと思ってしまう。
だからもしも、と思わずにいられない。
もっと早く、音楽という共通の繋がりで出会えていたら、俺たちはもう少し違う関係を築けたのではないだろうか。
きっとお互いの言い分は変わらないと思う。分かり合えない部分もたくさんあると思う。けれどいがみ合うだけではなく、いいものを作り上げるためには妥協を許さないそのやり方で、お互いがお互いを高め合うような、そんな関係になれたのではないだろうか。
コンクールを終え、俺はやけに土浦のことを考えるようになった。
今までのように会うことも言い合うこともなくなって、そのまま出会う前の関係に戻ってしまうことをどこか淋しいと思っている。
そして今までとは違う関係になれることを、心のどこかで望んでいる。