TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

空を泳ぐ魚1

 初めてのリサイタル
 二人の間に入り込んできたやっかいな存在
 慌しいけれど共に過ごす時間が長かった日々

 この数か月は本当に色々あった。
 そして俺は、自分の中にある止むことのない想いをもう一度自覚する。


 リサイタルを終え打ち上げの会場へと場所を移しても、ホールに響き渡ったふたつの音色と、拍手と喝采の嵐は頭から離れていなかった。
 その音色が土浦と二人で作り出した音色なのだと考えるだけで、心の奥底から湧き上がってくるような高揚感がある。
 舞台の上でも感じていたその高揚感は、今は違った意味で俺を支配し始める。

 少し離れた席に座る土浦の視線は、俺のほうへは向けられていない。
 元々人付き合いのいい土浦が、こういった打ち上げの席で誰かと楽しそうに話をしているのは別段おかしな光景ではない。
 それでも何か、身の中にわだかまりのようなものがたまっていくのがわかる。
 このリサイタルに関わった大勢の、その誰に対しても打ち解けるのが早い土浦に、そのときは特に何も思わなかったが、なぜか今、その早さを恨めしく思わずにはいられない。
 仕事に私情を挟むつもりなどないし、土浦を困らせたい訳でもない。
 けれど、どうしても今は土浦を独占したい。誰の目にも触れさせたくない。

 二次会の誘いは断り、帰る方向が同じだと言って無理やり土浦と一緒にタクシーに乗った。
「家に帰らなくていいのかよ」
 行き先に土浦の家のみを告げた俺に、土浦は少し驚いたような表情を向けてくる。
 この台詞は、朝にも聞いたな、となんとなく思う。
「あぁ」
 短く返事を返せば、土浦はそれ以上、何も言ってこなかった。
 沈黙が続く車内には微かにエンジン音が流れ、それさえもかき消すほどの音色と喝采が、まだ耳に残っていた。

 普段よりもやわらかく思える表情でソファへと身を沈めていく土浦が、まるで何かに捕らえられているように思えて心がざわつく。
 その心を占めているものに嫉妬する。それが俺ではないことがわかっているから悔しい。
「梁太郎…」
 その心を俺だけに向けさせたくて土浦を見つめれば、その視線を受け止めて真っ直ぐ見つめ返してくる。
 けれどその目は俺ではなくどこか遠くを見ていて、その心はまだ別のことを考えているのであろう。
「君の心が他の何かに捕らえられるのは許せない…」
 顔を寄せ、触れるか触れないかの距離で言葉を紡ぐ。
「今日の、月森との演奏を思い出していただけだぜ」
 触れた吐息に身体を震わせた土浦は、少し困ったような表情を向ける。
「それでも、今は俺のことだけを考えていてくれ」
 きっと土浦の心の中にもあの音色と喝采が響いているのだろう。
 俺の心にもまだ音色は残っているというのに、それでも俺はその音色が土浦を捕らえることを許せないと思ってしまう。例えそれが二人で作り出した音色なのだとしても。
 それがただの我が侭で、くだらない嫉妬心なのだという自覚はある。
 音楽よりも俺を選べと、言ってしまいそうになる。
 けれど土浦が音楽を選ぶことも知っている。音楽を選ばない土浦ならば俺は惹かれていない。そして俺も選ぶのは音楽なのだろう。
 わかっているのに、今は独占欲が止められない。
「蓮…」
 じっと俺の顔を見ていた土浦はその表情を真剣なものに変え、ゆっくりと腕を背に回してきた。
「梁太郎…」
 名前を呼び、そっと唇に触れる。
「ぅ…ん…」
 ため息にも似た甘い声が耳に届き、その声をもっと聞きたくて舌を絡める。角度を変えるたびに零れ落ちる声が、俺の心を満たしていく。
「んっ、んっ」
 甘い声は息苦しさからかくぐもった声に変わり、背に回った手はシャツを強く握り締めている。そっとその表情を覗き見れば、苦しそうに眉間に皺が寄せられている。
 まだ足りないと心は叫んでいたが、無理強いはしたくなくて名残惜しげに唇を離した。
「はぁ…れん…」
 力なく背から腕が滑り落ち、ほっとしたように息をつく姿に、もっと、と独占欲が湧いてくる。
「梁太郎」
 うっすらと赤く染まったその顔が、ほんの少し逸らされる。それが恥ずかしさからくる無意識の行動だとわかっているはずなのに、俺の心はざわざわと音を立てる。
 無防備に投げ出された手首を逃げられないようつかみ、まるで噛み付くように唇を重ねた。
「っん」
 別に逃げるとは思っていない。でも、繋ぎとめておかないと不安になる。
 つかまれている手が痛いのか、土浦は顔をしかめている。それは見えているのに、手の力を緩めることが出来ない。
「蓮、手、離してくれ。痛い…」
 むさぼるように触れていた唇を離すと、真っ直ぐに見つめる視線が痛みを訴えてきた。
 そっと握る力を緩めはしたものの、どうしてもそのまま離してしまうことが出来ず、今度は手に指を絡ませて握り締めた。
「そっちのほうがいい…」
 絡めた指が握り返され、ゆっくりと瞼が落ちる。
「梁太郎…」
 誘われるまま、もう一度唇が重なる。