TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に瞬く星1

『明日、日本に帰るから』
 家に帰ると、留守番電話に月森からのメッセージが入っていた。


 4月に開催されたリサイタルが終わると、あまり間を置かずに月森はまたウィーンへと旅立って行った。
 オーケストラとの共演でコンサートツアーを開催するらしく、しばらくは日本に帰って来られないだろうと言っていた。
 そう言っていたはずなのに、突然の帰国を知らせる連絡に俺は驚いた。
 毎日ではなくてもそれなりに電話やメールで連絡を取り合っていたが、そんな話もそんな様子もなかったはずだ。
 詳しいことは何も言わず、ただ一言だけメッセージが残っていたのも気になる。その声もどこか焦ったような感じだった。
 明日という言葉に俺は電話からカレンダーへと視線を動かした。今日、明日と日付を追い明後日のところでそういえば、と思い出す。
 きっと本当に急遽決まったことなのだろう。だからそれが例え偶然でも、この日程で月森が帰ってくることは俺にとってすごく嬉しい。
 けれど月森が帰ってくる本当の理由は、その本人が帰ってくるのを待つしかない。

 そうは思ってもやっぱりその理由が気になって、ベッドへと潜ってもなかなか寝付けなかった。
 今回はまだ始まってはいないとはいえ、今まで外国でのツアー中に日本に帰ってきたことは一度もなかった。
 考えてもその理由がわかる訳ではなかったが考えることは止められず、こんなときは無理やり寝ようと思っても無理なことはわかっていたから、俺はそのまま思考を彷徨わせることにした。
 月森のことを考えると、決まって思い出すのは一緒に奏でた音色だった。
 同じ舞台に立ち、そしてウィーンへと送り出した新緑の季節はとうに過ぎ、例年よりも少し早く梅雨が明け、季節はすっかり夏になろうとしている。
 指折り数えれば、3ヶ月が経とうとしているが、月森と長期で会えないことなどめずらしいことではない。だからそれは慣れなのかもしれないが、時間的な感覚はそれほど感じていなかった。
 そして思い出すその音色は、今でもまるで昨日のことのようにはっきりと俺の耳に残っている。
 重なる音色が心地よく、俺の気持ちは自然と落ち着いていくと同時に、あの音色をもう一度聴きたいという思いがあふれてくる。
 目をつぶれば月森の音色はいつでも隣にあって、でも本当はすごく遠い。二人で奏でた音色がどんなに素晴らしいものでも、今はまたそれぞれ別々の音色を奏でている。そしてその音色はお互いには届かない。
 そう考えればやっぱり会っていない月日は長く感じられ、月森が日本に帰ってくることはとても嬉しかった。
 突然の帰国だからどれくらい日本に居られるのかは分からないが、一度くらいなら一緒に合わせることも出来るかもしれない。それがダメでも月森のヴァイオリンを聴くこと位なら出来るだろうし、俺に連絡を入れてきたということは少なくとも逢うことくらいはきっと出来るだろう。
 月森のヴァイオリンも聴きたいが、やっぱり月森自身に俺は逢いたい。
 突然の帰国連絡に、一喜一憂している自分に気が付いてなんだか可笑しくなった。それが月森のこととなると、俺は本当に些細なことで心を乱されてしまう。それは別に嫌なことではないが、何となく気恥ずかしくなってしまう。
 きっと赤くなっているのであろう顔の熱を散らすように手で仰ぎながら、高鳴る鼓動を静めるようにゆっくりと目をつぶった。
 共に奏でた音色を思い浮かべ、その音色に包まれながら俺は眠りについた。