TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に輝く月26

 二人で演奏会を行うことを承諾したことは、すぐにこの場に居る人たちへと報告されてしまった。
 まだ正式な決定ではないと言っていたはずなのに妙に具体的な提案があちこちから出てきて、こうなってしまってはもう後には引けない状況になった。もちろん、俺も月森も口先だけで返事をした訳ではなかったからそれに問題はない。
 華やかな雰囲気だったその場はどちらかといえば活気付いた雰囲気へと変わり、そして誰とはなしに二人の演奏が聴きたいと声が掛かった。
 月森は演奏会を開こうと言っていたが、その了承をとる前に望まれて、俺も月森もとても嬉しく思った。

 ピアノの前に立つと、本当の演奏会のような緊張に襲われた。
 ここにいる顔ぶれからすれば仕方のないことにも思えるし、演奏会と言うよりはコンクールに近い気分にもなった。
 俺たちの演奏を聴きたいと言っては貰えたが、俺たちの実力を見極めたいという気持ちもきっとあるのだろう。
 そう思えば更に緊張感は増したが、それ以上に今、俺はただ月森と一緒に演奏をしたいと思う気持ちでいっぱいだった。
 月森はリクエストを訊ねてみたが好きな曲をと言われたようで、じゃあ、と言いながら月森は早々にヴァイオリンを構えた。
 月森が何も言わずに弾こうとする曲など、今の俺には一曲しか思い付かない。そしてそれは、俺たちが一番弾きたい曲であり、俺たちの音楽を聴いてもらうには一番の曲でもあった。
 弾きたい、奏でたい、合わせたい、聴いて欲しい。
 昨日とは違う気持ちで、俺はピアノの鍵盤を見つめた。
 そして月森へと視線を上げれば微笑みを向けられ、俺の返した笑顔が演奏を始める合図となった。

 月森のヴァイオリンが鳴った途端、それ以外の音が止んで静かになった。
 何もかもを圧倒するヴァイオリンの音色だけが、静かな空気を割って響き渡る。
 いい音が出せそうだと言っていた月森の言葉通り、今日の月森の演奏はいつも以上に冴えていた。
 ピアノの音が重なる前の、このヴァイオリンの独奏部を俺はとても気に入っている。
 切ないときもあれば、悲しいときもある。とても静かだったり、やわらかだったり、そして穏やかで安らいだ響きのときもある。
 そんな音色から月森の想いを受け取り、俺は自分が奏でるべき音色を合わせていく。
 昨日の俺にはそんな余裕が全くなく、ピアノを弾くことで精一杯だった。だから今、こうやって月森の演奏をちゃんと受け止められる自分を取り戻せたことにほっとしながら、俺は月森の演奏を聴いていた。
 今日の演奏は、切なさに加え、どこか優しい雰囲気をまとわせている。それは俺の心を温かくして、そして優しいものへと変えていく。
 そんな月森が作り出した音色を壊さないように、更に引き立たせるように、支えるように、俺はピアノを弾き始める。
 瞬間、二つの音色は綺麗に重なり、優しさと切なさを伴って、どこまでもどこまでも果てしなく広がっていった。

 この演奏は、俺にとって世界への第一歩となるのだろうか。



2010.9.8up