『音色のお茶会』
海に輝く月24
チャイムを鳴らすとすぐに月森に出迎えられた。どこかホッとしたような、そして嬉しそうな表情を見せられて、俺は月森を不安にさせていたんだなと思った。
俺があれこれと悩んでいる間、月森も色々と考えてくれていたことを俺は知っている。俺が自分のことばかりを考えていたときに、月森は俺のこともちゃんと考えてくれていた。そして何よりも、月森は自分の音楽を大切にしている。
月森はいつだって音楽を一番に考えている。それこそ、自分が音楽を好きだと気付いていなかったらしい高校時代からずっとそうだった。
だから今回の件も、月森にはイエス以外の返事は頭に思い浮かびすらしなかったのだろう。でも俺はノーという選択肢を、音楽とは少し別なところで最初から考えていた。
「土浦、ありがとう」
思わず沈みかけた思考が、不意に耳元でささやかれた月森の言葉で止まる。
何を急にと思ったが、それは聞かなくても俺を見つめてくる表情でわかった。
月森はいつだって俺より先に、俺が言えない言葉を口にする。隠さずに、躊躇わずに、俺へと伝えてくる。
だから俺は、弱くなる一方なんだ。
「悪かったって思ってる。俺はいつも同じことの繰り返しで、立ち止まってばっかりだ」
そんな俺を月森はいつも待ってくれている。それでも俺が動かないと、手を引っ張ってどっちに行くんだと聞いてくる。間違った道を選ばないでくれと、そう願われてやっと俺は歩き出す。
「でも今は、本当にやりたいって思ってる。月森に言われたからとかそういうんじゃなくて、俺がやりたいって、そう思ってる」
最初からやりたいという気持ちはあったのに、俺はそれを選べなかった。選ぶだけの自信を、持とうとさえしていなかった。
「だから、礼なんて言わないでくれ…」
自分が情けなくなるから。きっと月森はそんなつもりじゃないんだろうが、俺はそんな風に考えてしまうから…。
月森は何かを言いかけ、けれどそれが明確な言葉になる前に止めると困ったように俺のことを見つめてきた。
月森が言いたい言葉も、それを言わなかった理由も俺にはわかる。それを申し訳ないと思うと同時に、嬉しいとも思う。
「サンキュ…」
俺は月森の手をそっと握ってつぶやく。
一緒にやりたいと思ってくれたこと、それを言葉でちゃんと伝えてくれたこと、俺の気持ちを察してくれたこと、たぶんそれでも伝えたい気持ちが月森の中にあること…。
言葉に出来なかった色々な気持ちが、俺の心からの想いが、触れた指先から月森に伝わればいいと、そう思った。
2010.8.29up