TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に輝く月23

『俺も、君と一緒に音楽を、音色を奏でたい。俺たちにしか弾くことの出来ない音色を作り上げたい』
 耳元で告げられる月森の声に、同じ想いであることを感じて嬉しいと思った。
 俺たちが俺たちであるが故に作ることの出来る音色を、いくつでも、何度でも奏でたいと思う。
『今、ヴァイオリンを弾いたら、とてもいい音が出せると思う』
 その言葉は月森にしてはめずらしくとても軽やかで、笑った表情が目に浮かんだ。
 俺も今、月森と一緒に演奏することが出来たら、本当に最高の音色を奏でることが出来そうな気がする。
「月森のヴァイオリンを聴きたい。俺も、ピアノを弾きたくてたまらない」
 だから俺も心からの気持ちを言葉にした。
 ゆっくりと目をつぶれば二人で奏でる音色が聴こえてくるような気がして、ピアノを弾きたい、音楽を奏でたいという気持ちは更に溢れてきた。
 昨日、中途半端にしか合わせられなかった自分の演奏を後悔する。感情に流されて、出来ないと思ってしまった自分の弱さが本当に悔しい。
『そうだ。今から即興の演奏会を開かないか』
 今すぐ一緒に弾きたいと、そう思ったときに示された突然の提案に、けれど俺は嬉しさよりも驚きを先に感じてしまった。
「今からって、今からか?」
 まだ開かれているのであろう食事会というものがどの程度なのかはわからなかったが、月森を連れ出すのは悪い気がする。だからといってその場に俺が行く勇気も邪魔する権利もない。それよりも月森は演奏会を開くなどと簡単に言っているが、一体、何をする気なのだろうと思ってしまう。
『あぁ、家まで来られないだろうか。ウィーンでの演奏会の返事も一緒に伝えられるし、人が集まっているからちょうどいい』
 けれど月森は俺の驚きなど気にせずに話をどんどんと進めていく。そして躊躇する必要などないのだと、無意識なのだろうが俺に伝えてくる。
 俺はまた、選択肢を間違えそうになっていた。俺はまた、無意識に逃げようとしていた。
 そんなことは、もう止めだ。
「わかった。支度してすぐに行く」
 俺は更なる一歩を踏み出すべく、はっきりとそう返事をした。

 さすがにTシャツでは拙いだろうと急いで着替え、俺は月森の家へと向かった。
 車で30分ほどの移動時間の間、俺の頭の中にはいくつもの音楽が流れ、指は無意識にそれらの曲を奏でていた。
 少し前まで悩んでいた自分がまるで嘘だったかのように心が軽い。一緒に演奏することを、楽しみだと思う気持ちで心の中がいっぱいになる。
 早くピアノを弾きたい。早く月森のヴァイオリンを聴きたい。早く、一緒に演奏したい。
 逸る気持ちを抑えるのは難しく、早く早くと、ずっとそう考えながら月森の家へと向かっていた。

 俺が一人暮らしを始めてからはあまり来ることはなくなった月森の家は相変わらずでかく、久し振りにその大きさを目の当たりにして思わず苦笑いがこぼれた。
 別に中の様子が見える訳でも聞こえる訳でもなかったが、全ての窓に点いた明かりから中の様子が窺えるような気がした。
 電話で話したときに聞こえた華やかさが、この家にはよく似合うと思う。そして月森にはそんな世界がよく似合う。
 月森自身や月森が奏でる音楽を華やかと表現するのは少し違う気もするが、それでも月森が最も輝ける場所は華々しい場所なんじゃないかと思う。例えば大きな舞台だったり、小さくても上質な場所だったり…。
 それに比べると、俺の音楽はやっぱり月森とは少し違う。でも俺は今、月森のいる世界に向かって一歩を踏み出そうとしている。
 瞬間、まるで演奏会が始まる前のような緊張感と高揚感が一気に俺を襲った。
 心が震えている。でもそれは恐怖なんかじゃなくて、大きな期待と自信だ。
 ひとつ、大きく息を吸って心を落ち着かせる。ゆっくりと息を吐き出せば、余計なものが全て一緒に出て行ったような気がする。
 そして残ったのは、音楽への情熱と、月森への想いだけだった。