『音色のお茶会』
海に輝く月19
仕事の合間に携帯でメールの確認をしていると、そのタイミングで加地から電話が来た。『この前はお疲れ様。実はアンケートを見ていたらすごいものを見つけたから教えておこうと思って連絡したんだ。今、大丈夫かな』
どこか嬉しそうな、そして楽しそうなその声に、俺は時計を見た。
「あぁ、お疲れ。とりあえず休憩中だから大丈夫だが、出来れば手短に頼む」
まだ時間は20分ほどあったがこの休憩中に済ませておきたい用事もあり、俺はそう答えた。
『うん、わかった。じゃあ、詳しいことはあとでメールかファックスを送ることにするよ。たぶん、僕が説明するよりそのほうがわかりやすいと思うし。でも、ひとつだけ。アンケートには色々な感想が書かれていたんだけど、僕たちの演奏を聴いて、音楽はその言葉の通り音を楽しむものなんだって、そう改めて感じたって言葉があったんだ。それは僕たちがずっと心掛けてきたことだからすごく嬉しいことだと思わない?』
電話越しの加地の声は本当に嬉しそうだ。もちろん俺にとってもその言葉は最高に嬉しい。
自分たちが音楽を楽しむこと、そしてその楽しさを音楽を通して伝えることは、俺たちが毎年コンサートを続けている理由のひとつだ。
「そういう感想は、本当に嬉しいよな。ちゃんと伝わっているんだなって思えて」
コンサート後の、楽しかったという言葉は本当に嬉しい。その言葉を聞く度に、次もまたコンサートを開こうとみんなで思うのだ。
『ちゃんと聴いてくれる人には、ちゃんと伝わっているってことだよね。そうそう、伝わっているっていえば、今回のコンサートの来場理由が土浦目当てっていうのがやけに多いんだ。その理由は月森とのリサイタルがきっかけらしいんだけどね』
確かに、月森とのリサイタルで俺のことを知ったということは最近よく言われる。一緒に演奏したことによって、俺の知名度も釣られるように少し上がったのかもしれない。
「まぁ、月森の知名度は高いし、ファンは多いからな」
俺たちの思いが伝わっていることと来場理由がどうして繋がったのかがわからなかったが、俺はそこには触れずにそう答えた。
『でもよく考えてみて。それは月森との演奏を聴いて、土浦の演奏がいいと思ったから聴きに来たってことだろう。彼等の目的は月森じゃなく、土浦なんだ。きっかけは月森だとしても、聴きに来て貰えたのは土浦の実力があったからこそだって僕は思うよ』
加地の言葉に俺はちょっと驚いた。
「おいおい、それは買い被り過ぎだろう」
そうだったら嬉しいとは思う。だが、加地の言葉をそのまま素直に受け取ることはやっぱり出来なかった。
『そうかな。アンケートに書かれた感想を読めばよくわかるよ。ちゃんと伝わっているんだ。僕たちの音楽性も、土浦の実力もね』
俺たちが伝えたいことも、そして俺自身のことも、ちゃんと伝わっていたのなら、本当に嬉しい。
『この前、月森のことで気にしていたみたいだったからさ。早めに知らせておきたかったんだ』
あの日、変に弱気になっていた俺を加地は心配してくれていたのだろう。
「サンキュ。俺も、うじうじ考え過ぎていたんだよな。おまけにピアノを好きだって気持ちも忘れていたらしい」
好きだという気持ちだけでは無理なことはあるが、好きだからこそどんなに困難なことでも頑張れるのだと、あの日、加地に言われた言葉を心に噛み締める。
『あれ、もしかして、もう吹っ切れていた?』
そう言った加地の声は少し、驚いているようにも聞こえる。
「まぁ、この前よりはな。でもまだ決心が付いた訳じゃなかったから、考えるいい材料になった。連絡してくれて、ありがとな」
俺のやり方が、俺の音色が、こうやって伝わっているのだと感じるのはやっぱり嬉しい。そしてそれを教えてくれた加地には感謝したい。
『それならよかった。じゃあ、詳しいことはまたあとで送るからゆっくり読んで。百聞は一見に如かずだと思うよ。あ、それと、僕も土浦と月森の演奏会を楽しみにしている一人だってこと、覚えておいてくれると嬉しいな。じゃあ、またね』
そう言った加地に、俺はもう一度ありがとうと告げ、電話を切った。
俺はこうやって周りの人に助けて貰ってばかりだ。それなのに俺は自分のことばかり考えていたのだと気付いて、少し恥ずかしくなった。