『音色のお茶会』
海に輝く月16 *
「……ん…」それはただ本当に触れただけのキスだったが、俺の口からは自分でも信じられないような声が漏れた。
その声にはまるで名残を惜しむような、もっとと強請るような、そんな響きがあったように自分でも思ってしまう。だが、月森がそんなつもりでキスしてきた訳ではないことぐらい俺にもわかっていた。
だからハッとして身体を引こうとするが、抱き締めてくる腕の力は思いのほか強く、俺は俯くように顔をそらした。
昨日の夜からずっと不安な気持ちに苛まされて月森の冷たさに怯えていた俺は、月森の温かさに触れて気が緩んだのかもしれない。
「土浦…」
そんな俺の耳元でささやかれる月森の声はわずかに低く、それがわざとなのか、無意識なのかわからなくて困惑する。
「土浦…顔を、上げてくれ」
聞こえるその声に、けれど顔を上げることが出来ない。
気温の所為ではなく顔が熱い。恥ずかしさの所為だけではなく、身体が熱い。
「梁太郎…」
こんなとき、その名を呼ぶのはずるい。
「……蓮…」
いや、違う。呼ばせたのは俺だ…。
抱き締められたまま背後の壁へと押しつけられ、その衝撃に思わず顔を上げた瞬間、唇が重なる。
触れるだけではない、確かに月森を感じさせるようなそのキスに、俺は何を考える余裕もなくもっととしがみついた。
「…あ、…んっ、ん……」
止めることの出来ない声が部屋中に響く。
暑くて熱くてたまらないのに、その熱をもっと感じたくて震える手を月森に伸ばせば、しっかりと握り締められてそのままシーツへと縫い止められた。
「蓮…蓮…」
呼びながら、溢れてくる涙を必死に耐えた。こんなとき、俺は自分の弱さを思い知る。どれだけ、月森が俺の中を占めているのか気付かされる。
「梁太郎…」
月森の唇が瞼に触れ、溜まっている涙をそっと吸い取っていく。こぼれ落ちるのとはまた違うその感触につられるように、また涙が溢れてくる。
「…っや、め…」
月森の優しさを感じれば感じるほど、俺は弱くなっていく。そんな弱さは見せたくないのに、溢れた涙が止まらない。
月森の心がわからないのが怖い。月森に離されていくだけの自分の実力がもどかしい。それに拘ってしまう自分の弱さが情けない。月森の、傍にいられなくなることが怖い…。
そんなことばかり考えて涙が止まらなくなる。一日中ずっと考えていた気持ちが、もうそんな風に考えなくてもいいはずなのに後から後から溢れてくる。
首を振っても奥歯を噛みしめても涙は止められず、目尻を伝っていく感覚に、俺は更に泣きたくなった。
「梁太郎…」
そんな俺の涙を、月森の指と唇が拭っていく。
月森に顔を見られたくないと思うくせに、月森の顔を見たくて俺は目を開ける。涙でぼやける視界の向こうに、月森の顔が見える。
こんなとき、月森の俺を見つめる顔はとても優しく見える。それは普段の表情では絶対に見られないものだ。
「蓮…」
握られた手をぎゅっと握り返せば触れるだけの口付けがいくつもいくつも落とされ、それが徐々に深いものへと変わっていく。
悲しさも切なさもすべて月森からもたらされ、そのすべてが月森によって解消されていく。
そうやって翻弄されるのがわかっていながら、俺はそれを手放すことが出来なくなっている。
「愛してる…」
求めれば求めただけ与えられる熱と快楽に、俺はもう何も考えられなくなった。
2010.1.25up