TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に輝く月15

 この順位から抜け出すために、そして世間を…いや、俺自身をちゃんと納得させるためにはどうしたらいいのだろうと俺は考えた。
 最高の音だと認められたからこそ演奏会の話がきたのだと知って俺は更にやりたいと思ったし、断る理由などどこにもないと思った。
 けれど今の状況で承諾の返事をしてしまったら、俺はこの先でまた、自分の実力を信じられなくなってしまいそうな気がする。
 月森や先生の言葉を疑う訳じゃない。だがこれから先ずっと月森と並んでいくために、何か、揺るぎない何かが欲しい。
「俺はいつも負けたくないと思ってる。でもそれは、勝ちたいと思っている訳じゃないような気がするんだ」
 いつだって俺は、勝てない何かから逃げようとしている。勝つことを目標にするのではなく、負けることを怖れている。
「君は時々、物事を難しく考え過ぎるんだ。負けたくないと思った結果が、負けていなければそれでいいと俺は思う。それに勝ち負けなどひとつの結果に過ぎない。勝ってもそこで終わる訳ではない。逆も然りだ」
 月森の言葉に、俺は心がすっと軽くなったような気がした。その全てに納得した訳でもなかったが、確かに難しく考え過ぎているのかもしれない。
「俺はずっと勝つことだけを考えてきた。勝つことが目的だった俺に、音楽とはそれだけのものではないと気付かせてくれたのは土浦だ。もしも君に出逢えていなければ、音楽を奏でる本当の意味に気付けないままだったと思う。君がいるから俺は、いつでも最高の音を奏でていられる」
 真っ直ぐに伝えられるその言葉は、月森の心からの気持ちなのだと伝わってくる。
 俺も月森に出逢ったからこそ、音楽と真剣に向き合うようになった。俺は、俺にしか奏でられない音を目指し、そして俺たちはあの舞台で最高の演奏をしたはずだった。
 けれど同時に月森の実力をまざまざと見せつけられ、世間が感じている月森と俺の差を思い切り突き付けられた。そして俺の自信など口先だけなのだと痛感して自信を失い、真実と向き合おうとせずに逃げだそうとした。
 そんな俺を、月森の存在はいつだってあるべきところへ引き戻してくれる。
「大切なことを気付かせてくれたのはお前のほうだ。俺は何でピアノを弾いているのか、忘れるところだった…」
 月森に負けたくなかった。月森と並んでいたかった。そして何よりも音楽が、ピアノが好きだったから、本格的に音楽の道へと進んだ。
「俺は土浦のピアノが好きだ。初めて聴いたときからずっと、俺の心を捉えて離さない。出来ることならずっと、土浦と一緒に奏でていたい…」
 ゆっくりと引き寄せられて急に視線が近くなり、撫でるように下りてきた手に指が絡め取られていく。
「俺は、こんなに好きになるなんて思ってもみなかった。でも今は、ずっと月森のヴァイオリンを聴いていたい…」
 絡めた指先をぎゅっと握り返せば、更に引き寄せられて抱き締められる。包み込まれて、月森のぬくもりと想いが痛いほど伝わってきた。
 俺はこの手もぬくもりも、月森自身も月森の奏でる音色も、ずっとずっと手放したくない。
「ずっと…」
 無意識に零れた言葉は、月森の唇に遮られた。