TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に輝く月5

 メンバーが全員集まったところで軽く音合わせをし、最後の調整を行った。
 今日の会場はそれほど大きなところではなかったが、ホールの音響も設備もきちんとしていて使いやすい。
 俺たちの演奏会は使う会場を限定している訳ではなく、その時々で色々な会場を使ってきた。もちろん同じところでやったことがない訳ではないが、なるべくならば会場を変えるのが俺たちのこだわりだった。それは色々なところで音楽を奏で、そこから音楽を広めていきたいという思いからだ。
 仕事柄、色々な会場で弾いていることもあり、会場探しは俺の担当になっている。他のメンバーもそれぞれの得意分野を生かした役割分担がされていて、お互いの情報を持ち合って演奏会を作り上げていた。
「相変わらず、土浦の会場選びはうまいね」
 音合わせの後、やけに嬉しそうな微笑みつきで加地に言われ、俺は誰の所為だと内心思った。
 加地の耳はずば抜けてよく、響きが悪いとか物足りないとか、音響に対する意見は結構厳しい。大きな会場ならどこもそれなりの音響効果を考えて建てられているが、小さくなるとその全てを満たす会場は数が限られてくる。
「お前があれこれと注文付けるからだろう」
 そう文句を言ってやれば、そんなことしてないよ、などと笑いながら言ってくる。
「土浦だって音響のいい会場のほうがいいから選んでくるんでしょう」
 そしてそう言われれば確かにそうだから言い返せなくなる。
「ったく、本当に調子がいいヤツだな、お前って」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 軽くにらんでやったが、加地には全く通用しない。こっちも本気ではないから当たり前なのだが、こんなやりとりも高校の頃から変わっていない。
「そうだ。それより、月森は今、ウィーンだったよね」
 突然、何かを思い出したように話題を変えられ、俺は一瞬、答えに詰まった。
「もしかしたら今日の演奏会、聴きに来るのかなって思ったんだけど。土浦は何か聞いてる?」
 そんな俺のことを気に留めるでもなく、加地は核心を突いたことをまた聞いてきた。
「あー、なんか昨日、突然帰ってきて、今日は聴きに来るとか言ってたけど…」
 何で俺にだけ連絡してきたのだと突っ込まれるかもしれないが、知っているのに知らないと答えるのも変だから、俺は短くまとめてそう答えてみた。
「あぁ、やっぱりそうなんだ。父からチケットを頼まれたんだけど、ちょっと聞き覚えのある人だったから、月森も来るのかなって気がしてたんだ」
 明るく答えてくる加地は、余計な詮索はぜずに納得してくれたらしい。
 そんな加地の言葉に、月森の先生が手に入れたというチケットの入手先を知った。最初から聴きに来るつもりなら月森経由で手に入れていただろうから、本当に突然、決めたということだろうか。
 ヴァイオリン経験のある加地も知っているらしい、その先生という人がどんな人なのだろうと俺は改めて思った。
 それを聞こうと思ったが本番前で何かとやることがあり、ゆっくり話している時間はとれずに本番を迎えることになった。

 会場は満員とはいかなかったが、それでもたくさんの人が聴きに来てくれていた。
 クラシックを中心に組んだプログラムだったが、開演時間が早いことと夏休みに入っていることもあり、客席には子供の姿も多く見られた。
 音楽が、楽しいものなのだということが伝われば嬉しい。音楽を聴くことを、楽しいと思ってくれたらとても嬉しい。
 そんなことを考えながら舞台袖から客席を眺めていると、見知った顔を何人も見付けることが出来た。その中には懐かしい人もいて、ちょっと嬉しくなる。
 そして俺は、無意識に月森を探す。いつだって、ピアノを弾くときは月森へと届くようにと思う。その客席に座っていなくても、誰よりも一番に、俺の音を聴いて欲しい。
 音楽で繋がっている。会わなくても、違う道に進んでいても、音楽はいつだって俺たちを繋いでいる。
 客席に月森の姿をみつけたそのとき、俺は改めてそう思った。
 そして今日の演奏会が、また新しい繋がりとなればいい。

 たくさんの拍手が会場を包み、演奏会は大成功で幕を閉じた。
 今日は、本当に楽しく演奏出来た。巧く弾こうとか、完璧に弾きこなそうというのではなく、ただ純粋に、演奏を楽しむことだけを考えていた。
 だからといってその演奏に妥協をした訳ではなく、今出せる力を、いや、それ以上の力を出せたような気がするから、余計に楽しかったのかもしれない。
 ホールにそれぞれの楽器の音色が響き渡り、観客たちの楽しそうな笑顔と大きな拍手に包まれ、そして共に奏でた仲間たちの満足そうな笑顔がすぐ側にあって、終わってしまうのがもったいないと思ってしまう。
 そんな程よい余韻が残る中、俺たちは舞台を後にした。