TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に輝く月3

 朝食の支度が終わる頃、ちょうどシャワーを浴びた月森が出てきた。
 スッキリした顔をしやがって、と心の中でつぶやく。
 何か文句を言いたい気分だったが、流されてしまっただけとは言い難い行動に出たのが自分だという自覚はある。本気で止めなかったのも俺だ。
 そして身体に残る、シャワーを浴びてもとれない気だるさよりも、満ち足りた気分が勝っているのだから文句は言えなかった。
 けれどどこかまだ物足りなげに触れてくる手ははたいてやった。
「今日の予定は?」
 聞きながら、そういえば月森の帰国目的すら、まだ聞いていなかったのだと思い出す。
 一人で戻って来た訳ではなさそうだから何か目的があってのことなのだろう。昨日は観光案内だと言っていたが、まさかそれが目的とは思えない。
「今日は土浦の演奏を聴きに行く予定だ」
「俺の?」
 俺を名指ししてきたことに違和感を覚え、俺は思わず聞き返していた。
 今日は大学時代の友人たちで組んだアンサンブルの演奏会だった。この場合、俺の、というよりは、俺たちの、と言われたほうがしっくりくる。そして演奏会ではなく演奏と言われたこともどこか引っ掛かった。
 それに演奏会のことは月森にも話してあったから知っているのは当たり前だが、何か予定があって帰ってきたのだろうから聴きに来ることなど考えもしていなかった。
「土浦の演奏を聴きたいという人がいるんだ。演奏会の予定を聞かれたから今日のことは教えてあったんだが、一昨日、チケットが取れたから聴きに行こうと急に言われて…。だから急に帰国することになった」
 その口調は淡々としていて少し不機嫌そうにも感じたが、その表情はどこか嬉しそうにも見える。
「つまりそれは、今日の演奏会が帰国の目的ってことか?」
 そう聞けば月森はそうだと短く答えた。
 なんでもないことのようにあっさりと言われてしまったが、突然の帰国目的に俺が関係しているとは全く思いもしていなかった。
「俺の演奏って、なんで…」
 わざわざ日本に来てまで聴きたいと思って貰えることは光栄だし嬉しく思うが、それがどうして俺なんだろうと考えてしまう。国際コンクールへの出場経験がある訳でもないし、国内ですら知名度はそんなに高くない。
「俺にも詳しいことはわからないが、俺がウィーンに行ってから君のことを何度か聞かれた。さっきの電話では君にも会ってみたいとも言っていた」
 急にそんなことを言われて驚いてしまうが、そこまで言ってくる人というのは一体どんな人なのだろうと思った。
「俺に?」
 会ってみたい、というその言葉に、俺は少し身構えてしまった。月森の知り合いなのだろうから大丈夫なのだとわかっていても、少し前に思ってもみなかった好意の向け方をされたことが俺を変な風に敏感にさせていた。
「あぁ。俺が留学していた頃から師事している先生だ」
 そんな俺の不安を察したらしい月森の言葉に、俺はまた違う意味で身構えてしまう。
 音楽関係者なのだろうという予想までは出来ていたが、まさかそんな大層な人物が出てくるとは思ってもみなかった。
「先生って、それこそなんで俺なんだよ…」
 なんだか驚かされることばかりで、疑問ばかりが浮かんでくる。そんな人が何故、俺の演奏を聴きたがったのかが本当にわからない。
「結構、行動力がある人なんだ。思い立ったが吉日、というのだろうか。でも、おかげで君に逢うことが出来た」
 俺の聞きたかったこととは少し違う答えが返ってきたが、嬉しそうに微笑まれて俺はどう答えたものかと思わず苦笑いを返してしまった。
 確かに月森に逢えたことは嬉しいが、俺にとってはそれだけでは済まされそうにない。
 でもまぁ、こんな突発的に月森を連れて日本に来られる人物と考えればそれなりの人なのだと、そこだけは納得せざるを得なかった。
 結局、俺の疑問は全く解けなかったが、それは俺が考えてもわかりっこない。
 わからないことを俺がここで悩んでもどうしようもないのだから、余計なことは考えないようにしようと思った。演奏会が終わればその疑問もきっと解消されるだろう。
 聴きたいと思ってくれる人がいる。それは嬉しく思う。そう思ってくれる人のためにも、そう思ってもらえるためにも、今日の演奏会も成功させたいと思う。