TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲30

 月森が振り返ったことで止まってしまったピアノの音色を、今度は俺が奏でてみたくてピアノへと一歩近付いた。
 それはピアノの前に立っている月森との距離を自然と縮めることになる。
「ピアノだけじゃなくヴァイオリンでもこの曲を聴かせてくれ。これはピアノだけの曲じゃないだろう」
 言いながら、最初の一音に指を触れる。その音を鳴らさなくても、頭の中には月森のピアノの旋律が流れ出した。
 この旋律に月森のヴァイオリンの音色が重なったら、一体どんな曲になるというのだろうか。月森のヴァイオリンでこの曲を聴きたい。俺のピアノでこの曲を奏でたい。
「そうだな。俺も君にこの曲を弾いて欲しい」
 月森は鍵盤の上に置かれた俺の手に重ねるように触れてきた。
「この手で、土浦のピアノの音色で奏でて欲しい」
 撫でるかのように触れてくる月森の指が、なんだかくすぐったい。俺は逆の手でその触れてくる指ごと、そっと握り締めた。
「俺はこの手が奏でたピアノの音色に感動したんだ。この手が奏でるヴァイオリンの音色でも、感動させてくれるんだろう」
 そう言って月森を見つめれば、月森は俺の手を握り返してくる。
「もちろんだ。そして…」
 鍵盤から月森の元へと引き寄せられた指に、月森の唇が触れる。
「君が泣いたら、この手で抱き締める…」
 指に吐息がかかるその距離でささやかれた言葉に、俺は熱が一気に顔へと集まったのを感じた。
「なっ…っ」
 思わず何かを言いかけ、けれど明確な言葉が浮かばずに口を閉じた。
 この熱は思い出したさっきの羞恥からくるものなのか、それとも別の要因なのか。
「ヴァイオリンを取ってくる」
 そう言いながらもまだ握られたままの指越しに月森を見れば、見つめてくるその瞳は少し意地の悪い笑みにも見える。
「早く、取ってこいよ」
 自分自身でもわからない感情を、月森には見抜かれているような気がして目をそらす。そして握り締めていた手をゆっくりと開けば、同じようにゆっくりと月森の手が離れた。
「人を感動させるような曲を演奏したい。土浦、君と二人で」
 離れたはずの手がもう一度強い力で握られ、その強さに月森へと視線を戻せば、さっきの笑みは消え真剣な眼差しがそこにあった。
 握り締める手から、見つめる眼差しから、月森の想いが伝わる。だから俺も、ぎゅっと握り返し、真っ直ぐに月森を見つめ返した。
「二人で作り出そうぜ。みんなを感動させられるような曲を、この手でさ」
 お互いの指を絡めるように握り合う手は、どちらも音楽を奏でる手だ。
 この手でしか奏でられない音楽があり、この手だからこそ奏でられる音楽がある。
 俺たちのこの手から、二人だけの音楽が生まれる。



2009.2.24up