TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲28

 最後まで穏やかに流れた旋律は余韻へと変わり、その余韻が消えてしまっても心に残る旋律に俺の心は乱されたままだった。
 月森が振り返った気配を感じたが、俺は目を開けることが出来なくてそのまま顔をそらした。
 今、目を開けたら涙が止まらなくなる…。泣いている顔なんて見られたくない。
「土浦、どうした」
 そんな俺の気持ちを察してくれない月森が、俺に近付いてくる気配を感じる。
 やめろ…!
 そう思ったときにはすでに遅く、月森の手が俺の頬に触れた瞬間、涙はこぼれ落ちた。
 落ちた涙はとめどなくあふれ、止めることが出来ない。
「…っ、うっ」
 耐えきれなくて声が漏れる。
 触れる月森の手から逃れたくて、俺は腕で顔を隠すようにして首を振った。
「土浦…」
 それを許さないとばかりに腕をつかまれ、その強さに驚いて思わず目を開けてしまった。
 溜まっていた涙が更に落ち、ぼやけた視界に月森の顔が映るがその表情がわからない。ただ、真っ直ぐに見つめられているということは感じる視線でわかった。
「…ぅ…」
 何かを言わなければと思い口を開くが、それは明確な声にならない。
 月森が書いたこの曲に、月森が弾いたこの曲に、涙があふれてくるほどに心を揺さぶられたのだと、そう言いたいのに言葉にすることが出来ない。
 もう一度目をつぶって首を振れば腕を掴んでいた手は離されたが、その強さとは比べられないほどの力で抱き込まれてしまった。
「梁太郎…」
 普段の会話では呼ばれることのないその名前が、その名を呼ぶ声が、そして抱き締めてくる腕が俺の涙を更に止まらなくする。
 肩口に顔を埋めたまま、未だに鳴り止まない旋律を心の中で繰り返し聴きながら俺は泣いた。


 涙が止まっても気恥ずかしさが拭えず、俺はしばらく顔を上げられずにいた。
 そんな俺に気付いているだろうに、月森は何も言わず、俺を落ち着かせるかのようにゆっくりと背中を撫でくれている。
 こんな風に見せる月森の優しさは嬉しいが、素に戻ると恥ずかしさが増してなんだか居た堪れない気分にもなってくる。
「そんなに悲しい曲だったか?」
 どうしようかと身じろいだ俺に気付いたのか、月森はそんな風に聞いてくる。
 その聞き方はストレート過ぎてやっと落ち着いた気持ちをまた羞恥へと逆戻りさせたが、さっきは言うことができなかったこの気持ちを、今なら言えそうな気がした。
「悲しいというよりは、切なかった。切なくて、とても優しかった」
 これまでに数え切れないほどの曲を聴いてきたが、こんなにも心を揺さぶられたのは初めてだった。
「泣くつもりなんかなかったんだが…止められなかった」
 もし切ないだけの曲だったら、こんなにも涙はあふれてこなかったと思う。この曲に込められた何かを、きっと俺の心が捉えてしまったのだろう。
「俺好みの旋律なのかもな…」
 月森はどんな気持ちでこの曲を書いたのだろうか。一体どんな気持ちで弾いていたのだろうか。
 そう思って顔を上げれば背中に回されていた腕がそっと離れ、涙の痕を拭うかのように月森の指が目尻を掠めていった。



2009.2.20up