TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲25

「勝手に出てすまない」
 そう言って手渡された携帯を受け取りながら、俺はまだ呆然としていた。
 俺が言おうと決心しながらもまだ行動に移していなかったことを、まだ少し悩んでいた言葉を、月森らしい真っ直ぐな言葉で月森は言い切った。
「いや…」
 やっと声に出たのはたった一言で、それさえもなぜか擦れたような声になってしまい月森にちゃんと届いたかどうかわからない。
「怒っているのか?」
 何を言っていいのかわからなくて黙ったままの俺に、月森は的外れな質問をしてきた。
「そうじゃなくて…」
 変な誤解をされる前にそれだけは否定しておく。別に怒っている訳じゃない。
「驚いただけだ」
 まさか、あんなにはっきり言うとは思ってもみなかった。
 きっと俺ではなく月森の声だと相手も気付いたはずだ。俺宛の電話に月森が出てあの一言では、この先、何を言われても言い逃れることは出来なくなる。
「言って、よかったのかよ…」
 月森のことだから後悔するくらいなら言っていないと思うが、それでもそう聞かずにはいられない。
「君が言うより、俺のほうが効果的だろう」
 なんでもないことのようにそう言ってのける月森はらしいといえばらしいのだが、躊躇いがなさ過ぎて俺のほうがハラハラしてしまう。
「そうかもしれないが…」
 月森が出たことで、この電話の内容がすでに月森にも知られていると確実に伝わっただろうし、もし俺が同じ台詞を言っていたとしても、相手の感情を逆撫でするだけだっただろう。
 その点は月森の言う通りだが、これでは月森へのリスクが高過ぎる。
「君のところにこの電話が掛かってくるのは半分以上、俺の所為だ。だからその責任を俺がとるのは当たり前だ」
 そう言ってくる月森の顔は真剣そのものだ。
「お前の所為だなんて思ってない」
 そんな風に思って欲しくない。責任などと、そんな言葉を出さないで欲しい。
「あまり難しく考えないでくれ。俺がしたいと思って勝手にしたことだ」
 思わず声を上げた俺に、月森は少し困ったようにこちらを見ていた。
「俺のやり方は、いつも君を困らせているな」
 そして表情を作り損ねたかのような笑みを見せる。
「月森…」
 その言葉に、その表情に、どう答えていいのかわからなくて俺はただ名前を呼んだ。
 月森の行動はいつも突然で、俺はその度に振り回されてばかりいる。だから反発もしたし文句も言った。けれどその真っ直ぐな行動力がなければ、俺は月森に惹かれてはいなかったかもしれない。
「わかっているんなら、事後承諾はやめてくれ」
 言いながら、それは無理なんだろうな、とも思う。
 思ったことをすぐ行動に移すのが月森で、ほんの少し躊躇するのが俺だ。これはきっといつまで経っても変わらない。
 だからもう少し考えてから行動して欲しいと思う反面、躊躇するのは月森らしくなくて変だなどと、俺は矛盾したことを考えてしまう。
「努力はしよう」
 そう言って、やっぱり困ったような顔で月森は笑う。
 だから俺は、仕方ないな、とでも言うように、わざとため息を落としてやった。
 けれど俺が躊躇せずに先に行動を起こしていればよかったのかもしれない。俺がもっと早くに決心していれば、月森に言わせてしまうことはなかったはずだ。
 そう思ってなんとなく視線をそらすと急に強い力で腕を掴まれ、驚いてまた月森へと視線が戻る。
「だから君も一人で後悔しないでくれ。何もかも一人で解決しようとしないでくれ」
 まるで俺の心を見透かすような真剣な瞳が、真っ直ぐに注がれる。
 痛いとさえ思うその視線は何度も見せられているから、どんな感情が込められているのかも痛いくらいによくわかる。
 月森が躊躇いなく行動を起こすのも、俺が躊躇って考えてしまうのも、やり方は違うけれど根本にある気持ちは同じだ。
 相手のことを考えるからこそ、相手のことを想うが故に…。
「努力する」
 だから俺も、そうとしか答えられない。きっと変えることなんか出来ない。
 それはお互いわかっているから、それでも言わずにはいられないから。
 だから俺も、真っ直ぐに月森を見つめ返した。