『音色のお茶会』
海に浮かぶ雲20
弄ぶかのように髪に触れる月森の指を感じながら、俺はほんの少しまどろみかけていた。ついさっきまで熱さを分け合っていた肌は、今は温かなぬくもりを与え合っていて心地好い。
「さっき、初めて君を抱いた日を思い出した」
髪に触れる手はそのままに、まるで独り言のように月森は話し始めた。
「君は、あのときと同じ顔で俺のことを見ていた」
今にも眠りに落ちてしまいそうなぼんやりとした思考が、何のことだろうかと動き出す。
「梁太郎の言葉で、俺はあのとき、君の本当の気持ちを何もわかっていなかったのだと気付いた」
それはとても静かな声で、でも感情が読み取れない。
「それでも、あのとき気付いていても、俺はやっぱり止めることなんか出来なかったのだと思う。だから本当は気付いていたのに、気付かないふりをしていたのかもしれない」
淡々としゃべっていたその声が、まるで痛みを堪えるかのような声に変わって、俺はゆっくりと目蓋を上げた。
少しずつ焦点が合ってくると、まるでどこか遠くを見つめているかのような月森の横顔が目に入る。その表情は俺を切なくさせた。
「蓮…?」
何を見ているのか、何を思っているのか、その横顔からは読み取れなくて思わず声を掛けた。
その声と身じろいだ俺に気付いてゆっくりと俺を見つめてくる月森の瞳は優しいのに、やっぱりどこか痛みに耐えているようだ。
「俺はこの想いを、止められない…」
告げられる月森の言葉に、胸をギュッと掴まれたような、けれど甘い痛みが走った。
たぶん、俺が怖いと言ってしまったことを月森は気にしているのだろう。
「止められたら俺が困る。言っただろ、奪われてもいいって」
そしてその言葉は、月森にあのときの俺を思い出させてしまったのかもしれない。俺が月森の瞳に初めての日の月森を思い出したように。
あのとき、気持ちを悟られまいとじっと見つめていた俺の表情は、逆に俺の気持ちを月森へと伝えてしまっていたのかもしれない。
「その前に言った言葉は、気にしないでくれ。もう、そんな風には思う必要なんかないって気付いているから」
それが月森ならば、俺は何も怖くない。例え怖いと思うことがあっても、それはすぐに違う気持ちに変わるだろう。
そして本当に怖いのは、月森の傍に居られなくなることだ。
この想いが、通じ合わなくなってしまうことだ。
「だから、止めないでくれ。俺も、止めることなんか出来ない…」
手を伸ばして月森の頬に触れ、そっと唇を寄せる。
小さな音を立ててからそっと唇を離すと、なんだか名残惜しいような気がした。
「ずっと…」
だから見つめ合うのももどかしく、もう一度ゆっくりと唇を重ねると、今度は身体ごと引き寄せられてしまう。
そして、何度も何度も、キスをする。
この想いは、この気持ちは、誰にも止めることなんか出来ない。
2009.1.24up