TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲19 *

 何度も触れては離れていく唇が何か物足りなくて、腕を首へと回して引き寄せる。
 まるでそれを待っていたかのようにキスは深いものに変わり、忍び込んできた舌が絡んできた。それに答えながら、更に引き寄せるように腕に力を込めると、キスは優しいものに変わる。
 頬に触れてくる月森の手も、いつの間にか外されたボタンの隙間から滑り込む手も、ただそれだけで俺を高ぶらせていく。
「ふ…んっ…」
 触れられて、声が上がる。けれど深い口付けに、その声までを絡めとられてしまう。
 今日のキスは、いつもと少し違う。すごく、気持ちがいい。
 もっと触れて欲しくて、もっとぬくもりが欲しくて、月森のシャツのボタンへと手を滑らせる。いとも簡単に外していく月森の指とは対照的に、俺の指はひとつを外すだけでも精一杯だ。
 そんなにも力が入らないほど月森に翻弄されてしまっているのだと思うと少し情けないが、それが月森だからこそ嬉しくもある。
「ぁあっ」
 まるで探るかのように軽く触れてくるだけだった手が、確実に俺の快感を煽る動きへと変わる。
 まだいくつも残っているボタンが少し恨めしい。力の入らない指が少しもどかしい。
 こんなにも力の入らない指では、今、目の前にピアノを置かれてもいつものように鍵盤を叩けないだろうなどと、いつもなら考えないようなことが不意に頭をよぎった。
 それは瞬間、恐怖へと変わる。
「蓮、蓮っ」
 思わず強く首を振れば唇が離れ、そうすると今度はそれが心細くて名前を呼ぶ。
「梁太郎、どうした?」
 心配そうな声に目を開けると、揺れて滲む視界に覗き込んでくる月森の瞳が見えた。
「怖い…」
 その瞳を見ていたら、なぜか初めて抱かれた日のことを思い出した。口には出さなかったが、あのときも怖かった。自分が自分ではなくなってしまいそうだった。
「なぜ?」
 真っ直ぐに見つめてくる視線のまま、問い掛けてくる月森の声はとても優しい。あのときはまだ、この優しさがわからなかった。
「ピアノ、弾けなくなる…」
 だからあのときは、こんな風に気持ちを声には出すことが出来なかった。
「手に力が入らない…」
 言いながら、けれど今まで弾けなくなったことなどないのだと思い出す。なんでそんな風に思ってしまったのだろうと思う。
 月森に抱かれても俺は俺だったし、だからこそ奏でられる音色を俺は手に入れたのではなかっただろうか。
 けれど思ったままを口に出してしてしまった俺の言葉に、月森は驚いたような表情を向けてきた。
 音楽を引き合いに出してしまったのだから当たり前かもしれない。
「止めるか?」
 けれどそんな言葉とは反対に、月森の手は俺を更に追い立てる動きへと変わる。
「でも俺にはもう、止められる自信はないんだ。例え君の音楽を奪ってでも、梁太郎が欲しい」
 真っ直ぐな眼差しで、真っ直ぐな言葉で、どこまでも真っ直ぐな想いが伝えられる。
 もしも月森に音楽を奪われてしまっても、俺はまた月森と共に奏でる音楽をどうやってでも手に入れるだろう。
「俺に蓮を全部くれるなら、何だって奪われてやる…」
 もう、怖いなんて思わない。月森になら、月森だからこそ、奪われたって構わない。
「梁太郎…」
 呼ばれる名前だけで。
「蓮…」
 呼び返す名前だけで、月森に、溺れていく。