『音色のお茶会』
海に浮かぶ雲15
そして数日後、届いたチケットのお礼に日野へ電話を掛け、月森との電話の内容を俺もなんとなく知った。全部を聞いた訳ではないが、本当にあれこれと聞かれていたらしい。
『天羽ちゃんの取材よりもすごいの。あれに全部答えられるのは本人だけだと思うよ』
その例えとため息交じりの日野の声を聞くと、一体何をどんな風に聞かれたんだろうと思ってしまう。
そして全て答えられる本人に聞いたところで、その大半はきっと答えてもらえないだろう。そうとわかっているからこそ日野に聞いたのだろうから、質問攻めにあった日野は気の毒だ。
『月森君に好かれる方法を聞かれたから、好かれる努力をしないこととそれ以外の努力を惜しまないことかなって答えたの。矛盾してるって言われたけど、間違ってないよね』
確かに、月森は努力を惜しむことを良しとしない。そして結果はどうあれ、努力する姿勢については月森の目に留まるしちゃんと評価される。ここで間違えてはいけないのは、何に対して努力をするかということだ。つまり、好かれるためにあれこれ努力するよりは、まずは自分がやるべきことをきちんとやっているほうが月森に好かれる確立は高いことになる。
『だから好きだってアピールし過ぎると逆効果だよって言ったの。そうしたら黙っちゃったけど』
逆効果だと言われてもまた電話を掛けてきたのは、日野の言葉が信じられなかったのか、自分はそうではないと思いたかったからなのか。けれど携帯電話が着信拒否されていた時点で、間違っていると気付くべきだったのではないだろうか。
そして月森のことだけではなく俺のことも色々聞かれていたらしく、そのことも話してくれた。
『土浦君のことっていうよりは、月森君との関係っていうのかな。ものすごい犬猿の仲だったって言ったらすごく驚いてた。でも、ホント、あの頃は仲悪かったのにね~』
それに続くのであろう言葉を日野は言わなかったが、その楽しそうな声で何を言いたいのかは察した。
確かに、俺と月森は仲が悪かった。お互いの第一印象からして最悪だった。だから絶対に相容れないと思っていたし、それは周りから見てもそうだったのだろう。
それが今ではこんな関係だし、その関係を知らなくとも仲が悪かったようには見えないくらいの親友として接しているのだから、そのどちらも知っている日野からすれば驚きよりもむしろ、呆れたと言ったほうがあっているのかもしれない。
『でも、気を付けなくちゃダメだよ。…まぁ、土浦君ならわかっていると思うけどね』
それまでにない少し真剣な声をしていたが、すぐにいつもの明るい声で笑っていた。
日野には感謝しないといけない。こうやって色々と気にかけてくれている。だからチケットのことも含めてその気持ちを伝えておいた。
『お礼を言われるようなことしてないよ~。あ、でも奢ってくれるっていうのなら、いつでも大歓迎だよ』
などと冗談めかして言ってくるのが日野らしい。
けれどそんな日野の親切にも拘らず、あの日、月森にも俺にもまた電話を掛けてきたことを考えるとこの先が少し思いやられる。
あれからまだ一度も電話は掛かってこないが、自分が間違っていると気付いたのか、それとも何かチャンスを狙っているのか。
どちらにしても、月森と俺の気持ちが揺らぐことはないけれど。