TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲11

 一難去ってまた一難。俺はそんな言葉を思い浮べていた。
 いや、よく考えると最初の一難だって去った訳じゃないのか…。
 いつもより早く目が覚めて、隣に眠る月森の寝顔を眺めているとあれこれと考え事が浮かんでくる。
 身体は疲れているのに、たぶん考え事が多くて神経も疲れているのに、いや、だからこそ目が冴えてしまうのかもしれない。
 本当はただこのぬくもりの中を彷徨っていたいというのに、思考の波が違うほうへと無理矢理流れて心が落ち着かない。
 月森は静かな寝息を立てていて、どうやら深い眠りの中にいるらしい。
 半分以上、お前の所為じゃないか…。
 心の中で悪態を吐きながら抱き込まれている胸へと顔を埋めると、寝ているはずなのにその腕の力が更に強くなる。そうやって無意識に見せる月森の行動が、ガラにもなく嬉しくて顔に熱が集まっていくのを感じる。
 いくら恋人同士とはいえ外に出れば普通に親友として接するし、それを淋しいとか物足りないとかそんな風には思わない。親友としての関係も同じ音楽の高みを目指すライバルという関係も、俺たちにとっては大事なものだ。
 けれど、こうやって恋人らしく過ごす時間が本当はとても少なくて短いのだと今更になって気付く。
 活動の拠点がほぼ決まっている俺に対し、月森は各地を転々とすることが多いし、仕事として同じ舞台に立ったことは今まで一度もない。
 もしも月森の話を引き受ければ、同じものを目指す共演者という初めての立場となる。きっと今まで以上に月森と過ごす時間が多くなるだろう。
 それは今まで以上に色々と気を付けなければいけなくなるだろうし、逆にこんな二人っきりの時間が取りにくくなるようにも思う。
 もちろん、仕事に私情を持ち込むつもりはない。でもそこに音楽を介してしまうと気持ちが止められなくなりそうで怖い。奏でる音色がいつもと違うと、気付かれそうで怖い。
 そうでなくても、俺たちの関係に気付いて、そして俺の存在を邪魔だと思っているヤツがいるというのに。
 一緒に同じ舞台に立ちたいと思いながら、まだ起こってもいない問題に怯えている。そんなのは俺らしくないと思いながら、今を守ろうとしている。
 いつからこんなにも、保守的になったんだ、俺は。
 けれどやっぱり、俺は答えを決めかねている。選び出したい答えに、あれこれと言い訳をつけて結論を先延ばしにしている。
 自分が一番に、何を求めているのかわからなくなってきている。
 結局、俺はどうしたいんだ? まずはそこだろう?
 そう考えれば、やっぱり答えはひとつしかない。それなのになぜ、俺はその答えを月森に伝えられなかったのだろうか。
 一難去らずにまた一難だ…。
 答えの出ない思考の波に飲み込まれ、もがいてももがいても抜けられない。