TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲8

 そっと触れてきた唇は、ついばむように幾度か触れて離れた。
「俺は全部話したぜ」
 だから次は月森の番だとそう言えば、少し考えるような間の後、ようやく口を開いた。
「昨日、彼女から電話があった」
 言いながら首元に顔を埋めてきたからその表情はわからない。
「何かと理由を付けては何度も掛けてくるから最初は軽くあしらっていたんだが…急に君の話を持ち出してきた」
 俺は黙って月森の話を聞いていた。
「何かこう、含みのある言い方で俺と君のことを話し始めたからしばらく聞いていたら…」
 さっきから絡めたままだった指を、離さないと言わんばかりの力で握ってくる。
「俺に君は相応しくないと言われた」
 だから俺もその手をギュッと握り返した。
「誰に何を言われようがそんなことは気にならなかったのに、その言葉はなぜか辛かった。君を否定されたようで許せなかった」
 月森は人を意味もなく否定することをすごく嫌う。高校時代にだいぶ言い合いをしたが、月森はいつだって正論をぶつけてきた。こうだから嫌いだと、納得出来ないと、明確な理由を示してきた。
 そんな物言いがあの頃は癇に障ったが、今でもたまに意見は衝突するが、こちらもちゃんとした理由を提示すればそれを否定することはしない。受け入れられないことだとしてもひとつの意見としてちゃんと考慮してくれる。
「相応しいとか相応しくないとか、そんなことを他人に言われたくなかった。決め付けて欲しくなかった」
 握り締めた手から月森の怒りが、悲しみが、全部伝わってくるように思えた。
「君の顔を見るまでその言葉が離れなかった。思った以上に俺の心は弱かったらしい…」
 俺は月森をぎゅっと抱き締めた。今はどんな言葉よりも、そうする方がいいように思えた。


「今日もまた電話が掛かってきた」
 しばらくそうして抱き合っていたが、月森はまた、淡々と話し始めた。
「話す気も聞く気もなかったからずっと無視していたら、今度はメールが届きだした」
 俺宛ての電話とは比べものにならないそのしつこさは、聞けば聞くほど、逆効果なんじゃないかと思ってしまう。
 ましてや、相手は月森だ。
「そのメールも無視していたんだが…あの会場で会ってからまた電話が鳴り始めた」
 二人を見送ったときの月森の表情を思い出す。まさかこんな理由があったとは思いもしなかった。
「電話もメールも着信拒否にしていたら、今度は公衆電話から掛けてきた」
 それがさっきの電話だったのかもしれない。
 それにしても、ここまで電話とメール攻撃をされたら、誰だって無視したくなるのが心情だろう。
「君のせいで話が出来なかったと言ってきたから無理やり切ったら、今度は君のところにあの電話だ」
 昼間のあのとき、月森が来て急に態度を変えたのは、俺のせいにしたかったってことか。
 そこまでして月森の気を引きたいのなら、もう少し別のやり方があっただろうにと思う。どう考えても好かれるやり方とは思えない。
「でもまさか、その電話を月森に聞かれているとは思ってないんだろうな…」
 そのタイミングで掛けてきたってことは、切られた怒りの矛先を俺に向けたかったのだろうが、その場に月森が居るかどうかまでは考えていなかったのだろう。
 もしも家に着く前だったら電話には出ていなかったと思うし、月森にも話していなかったと思う。逆に月森の話を聞く機会もなく、お互いの心の中にしまわれたままだったかもしれない。
 そう考えると、あの電話のタイミングはよかったのだろうか。
「しかし、これからどうしたものか…」
 やっと顔を上げた月森は少し困った顔をしていたけれど、切なさは感じられなくて少しホッとした。
「しばらく様子を見るしかないんじゃないか」
 今の時点でもこのやり方は許せるものではないが、ことを荒げれば俺たちにとってのリスクになりかねない。多少のことは我慢してでも守り通さなければいけないものが俺たちにはある。
「しかし…これ以上ひどくなる前に何か手を打った方がいい気もするが…」
 月森は納得がいかないという顔をしていた。
 確かに手を打っておく必要はあるかもしれない。
「でも、下手に動けば俺たちのことがばれる可能性が高くなるんじゃないか?」
 そこが悩ましい問題だ。
「相手がどこまで知っているのかもわからないし、そもそも何が目的なのかがいまいちよくわからない」
 真剣な顔で月森はそう言ったが、目的が伝わらないのは月森が鈍いとかいう以前の問題なのだと思った。
 気持ちは押し付けたって伝わるものじゃない。想いは二人の仲を引き裂いたって叶えられる訳じゃない。
 何を言われようと、どんな邪魔をされようと、月森は誰にも渡さない。



2008.12.23up