TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲7

 握られた手が急に引っ張られてリビングへと連れていかれ、その勢いのままソファへと押し倒された。
「え、な、ちょっ、ま…」
 あまりにも突然過ぎて抵抗する間は与えられず、文句の声はきちんとした言葉にならない。
 噛み付くかのようなキスに身体は反応するが、理性がそれに待ったをかける。
「待て待て待てっ」
 自由な右手で肩を押せば、月森は思ったよりもすんなりとその身を退いた。
「…すまない」
 別に謝って欲しい訳ではなく、その行動の理由が知りたい。
「昨日から変だぞ、お前。何かあったのか?」
 真っ直ぐに見つめてくるその瞳がやけに切ない。その表情の理由がわからなくてこっちまで切なくなる。
 その瞳は昨日から何度も見ているから、俺があのいたずら電話のことを言わなかったことだけがその理由だとは思えない。
「君は彼女と知り合いか?」
 まるで痛みを堪えるかのように月森は言葉を紡ぐ。月森にもあの電話の声が誰だかわかったらしい。
 俺の質問に対する答えは得られなかったが、とりあえず月森の質問に答えることにした。
「前に月森の演奏会で挨拶した程度だ。日野と知り合いだってことも知らなかった」
 今日だって日野に連れてこられただけか、それとも何か思惑があって来たのか、それはわからないけれど。
「電話はいつからだ」
 ひとつひとつ確かめるような聞き方は淡々としているのに、その表情は相変わらずどこか切なさを滲ませている。
「二ヵ月くらい前からだと思ったけど…確か月森が出掛けた頃だったかな…」
 だから月森が帰ってきたら来ないかもしれないなんて淡い期待を抱いていたが、それは見事に裏切られたことになる。
「ペースは月に二、三度で、掛けてくるのは決まって公衆電話。出ればさっきのあの一言、出なければ諦めるらしい」
 そこまでは聞かれてなかったが、たぶん聞いてくるだろうと思って先に言っておいた。
「なぜ、俺に言わなかった?」
 怒りとも悲しみとも取れる真っ直ぐな視線が、少し辛い。
 月森に言わなかったのは、怒らせるためでも悲しませるためでもない。
「事を荒げたくなかったんだ。お前にはヴァイオリンに集中していて欲しかったし、あの電話も毎日とかじゃなかったしな」
 俺だけが耐えていればなんて、そんな殊勝なことは考えていなかったが、月森に心配を掛けるくらいなら黙っていたほうがいいと思っていたことは事実だ。
「それに、誰に何を言われたって別れるつもりはないし。そうだろう」
 下から見上げるように月森を見遣れば、真剣な眼差しが返される。
「当たり前だ」
 そう言って抱き締めてくるから、今度は押し返さないで背に腕を回した。