TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲6

「いい加減にしてくれ」
 玄関の扉を開けると、そんな月森の声が聞こえてきた。
 打ち合わせを終えた頃には外はもう暗くなり始めていた。思ったより遅くなったと思いながら月森に連絡を入れると、話があるということでまた俺の家に来ることになった。
 たぶん電話中なのだろうが、月森があそこまで声を上げるのはめずらしい。
 何となく入りづらくて玄関を上がり損ねていると、まるで苦虫を噛み潰したような顔をした月森がリビングから出てきた。
「ただいま。待たせたか?」
 何となくその表情には触れないほうがいいように思えてそんな風に言うと、月森の表情が切なそうなものに変わった。
 そして何も言わず、急に抱き締めてくるから驚いてしまう。
 月森の行動はたまに読めないことがあって驚かされることもよくあるが、今日の月森の様子はいつもと少し違うような気がする。
「月森?」
 そういえば、昨日から月森の様子が少し変だったようにも思う。気を失いそうなほどの激しい抱き方、俺を見つめる痛いほどの視線、あんな月森は初めてだった。
「何かあったのか?」
 聞いても月森は答えない。ただ、抱き締める腕の力が強くなっただけだった。


 タイミング良くなのかそれも悪くなのか、俺の携帯が鳴った。
 月森は無言でゆっくりと離れたが、右手が俺の左手に軽く絡んでくる。
 空いた右手でポケットから携帯を取り出すと、背面の小さなディスプレイに公衆電話の文字が見えた。
 出るべきか止めるべきか一瞬悩んで躊躇する。出なくても数コールで留守電に切り替わることはわかっている。でも、出ないのも月森に怪しまれる。
 とりあえず出ようと携帯を開き、通話ボタンを押した瞬間、
『月森さんと別れて!』
 耳にあてる前に、こちらが何かを言う前に、その声が聞こえそしてプツリと切れた。
 すぐ目の前に居た月森にもその声は聞こえてしまったと思う。月森にはその声が誰のものだかわかっただろうか。それとも言葉しか聞こえなかっただろうか。
 携帯を閉じながら月森を見遣ると、驚いたような視線とぶつかった。
「今のは…何だ」
 そして不機嫌さを隠しもしない表情でじっと見られ、思わず言葉が出てこない。
「いたずら電話、だろうな…」
 それ以外には言葉が思い付かなかった。
「いたずらって…。何でそんなに冷静なんだ。まさか初めてではないのか?」
 月森は普段は鈍感なくせに変なところで察しがいいから困る。
 俺はどう答えるべきか悩む。別に隠したい訳ではないが、言わずに済むのなら言わないでおくつもりだった。
「土浦」
 俺の名を呼ぶその声はまるで、誤魔化しは許さないと言っているようだ。
「土浦っ」
 そして絡められていた手が強い力で握られ、見つめる瞳に悲しみが混ざる。
 そんな顔を見たくなくて言わなかったのにな…。
「初めてじゃない。何回目かなんて数えちゃいないが…」
 ため息混じりにそう答えると、俺は月森から目を逸らした。



2008.12.21up