『音色のお茶会』
海に浮かぶ雲5
全ての演奏が終わり他の演奏者たちと話をしていると、予想通り日野がこっちに歩いてきた。「土浦くーん」
少し離れたところから手を振るその明るい笑顔はいくつになっても全然変わっていない。
俺は軽く挨拶をして会話の輪から外れ、日野のほうへと向かった。
「久し振りだね。演奏、すごくよかったよ」
同じ大学だったからそれまではそれなりに会っていたが、最近はたまに連絡をとるくらいで会ってはいなかった。
「よ、久し振り。相変わらず元気そうだな。それにしても客席に見つけたときはビックリしたぜ。わざわざ聴きに来たのか?」
日野の一歩後ろにいるもう一人の人物が嫌でも目に入る。初めましてとでも言わんばかりの顔をしていたから、こっちも気にせず日野に話し掛けた。
「ちょうどオフと重なったの。買い物にも来たかったし」
買い物のついでか、と冗談交じりに言うと、冗談だとわかっているくせにムキになって反論してくる。そんなやり取りがなんとなく懐かしい。
そんなたわいない会話が弾みかけた頃、今度は月森が目に入った。俺が誰と話をしているのか察しているらしい月森は、何の迷いもなくこちらに向かってくる。
「あれ~、月森君だ。すっごい久し振り!」
俺の視線に気付いた日野が、振り返ってその名を呼ぶ。
「久し振りだな。日野も来ていたのか」
月森はなんでもなく会話に加わったが、その会話から一人だけ外れていることに気付く。俺たちの会話に遠慮している感じではなく、月森とも日野とも知り合いのはずなのにやけに居心地が悪そうで、むしろ自分から離れようとしているかのようにも見えた。
それは俺が居るからかとも思ったが、日野と話していたときはそんな様子ではなかった。それならいつから、と考えれば月森が来てからだったのだと気付く。
「あぁ、ごめん、こっちばっかり話が盛り上がっちゃって」
すっかり忘れていたと言わんばかりに日野が声を掛ければ、小さく首を振りながら気にしないで、と言う姿は逆に慌てた様子だ。
会話が途切れたことで、なんとなく場の雰囲気が変な風に変わったように思えた。
「じゃあ、私たちはそろそろ行くね。…っとそうだ、来月、コンサートがあるの。時間があったら聴きに来て、チケット送るから」
その雰囲気を察したのか、日野は来たときと同じ明るい笑顔でそう言った。
「あぁ。今日は聴きに来てくれてサンキュ。またな」
そう言って二人を見送ると、日野は笑顔で手を振ってその場を後にした。その後ろで、日野とは対照的に小さく会釈をするその姿が、以前会ったときの印象と全く違うように思えてなんだか拍子抜けする。掛けてきた電話もそうだが、もう少し気の強そうな感じだったはずだ。
隣で同じように二人を見送った月森を振り返ると、何か考えているかのように少し険しい顔をしている。どうかしたのかと思い声を掛けると、いや、と言って普段の表情に戻る。
「俺も帰るが…」
切った言葉の言外に、君は?と尋ねられる。
「この後は別の仕事の打ち合わせだ。…月森も、ありがとな」
少し残念に思いながらその場は別れたが、少し後に、仕事が終わったら連絡をくれ、という内容のメールが入っていた。