『音色のお茶会』
海に浮かぶ雲4
野外での演奏はホールのような響きは得られないが、外ならではの解放感があってけっこう好きだ。ピアノは持運びの出来ない楽器故にそこに用意されたものを使うことになる。やっぱり音が気に入ったり弾きやすかったりという相性があるが、何度か演奏に訪れているここのピアノはけっこう気に入っている。
他の演奏者や主催者との打合せを終えて舞台袖から客席を覗けば、誰でも聴けて無料であるという理由もあるかもしれないが、それなりの人で埋まっていた。
その席に見知った顔を見つけて驚いた。
「日野じゃないか」
高校のときはまるで初心者だった日野は、コンクールの頃からの頑張りと、元々持っていたのであろう素質を開花させ、今では有名な楽団の一員となっている。
そんな日野の横に、俺は出来れば見たくなかったあの電話を掛けてくる張本人を見つけてしまった。
月森とは知り合いのようだが、日野とも知り合いだったとは知らなかった。
ふと、月森が来ることを思い出した。
目立つところには居ないだろうと思いつつ、ざっと客席を見渡してみたが、その考えが当たっているのかまだ来ていないだけなのか、月森の姿はみつけられなかった。
それでも演奏後に鉢合わせすることは避けられないような気がして、なんだか嫌な感じがする。
そんな後ろ向きな感情に捉われそうになって、俺は自分の頬を軽く叩いた。
そんなことより、今は演奏に集中することが先決だ。
『君の演奏を楽しみにしている』
出掛けるとき月森に言われた言葉を、そう言った表情を思い出すと、心は自然と落ち着いた。
曲を弾き終え客席へと顔を向けたとき、目の端を何かが掠めたような気がしてそちらに視線を向けると、そこに月森が立っていた。
瞬間的に見つけてしまうのは、意識しているからなのか、それとも無意識なのか。どちらにしても演奏を終えた今、その存在が更に俺をホッとさせてくれる。
気を付ける、と言った言葉通りなのか、目立つ訳でも逆にコソコソしている訳でもなくその姿は他の客に紛れている。
舞台袖へと戻り次の出番を待ちながら他の演奏を聴いていると、自然と月森に目がいってしまう。
月森は真剣な顔でその演奏を聴いていた。そこはやはり一人の演奏家なのだろう。
月森が目指す音には終着点がない。どんなにいい演奏をしても、それはすでに通過点に過ぎず更に上を目指す。自分に課す目標が重過ぎるのではないかと思うときがたまにあるが、それが月森のやり方だった。そしてそれを傍から見れば当たり前のように熟しているように思うのだろうが、そのために相当の練習を積み重ねていることも俺は知っている。
俺だってやるからには全力で尽くすが、自分が楽しめないほどには自分を追い込めない。だから月森の演奏を聴くと自分はまだまだなんだと思い知らされる。それに負けたくないという気持ちが、自然と俺を更に上へと目指させる。
そうやって、お互いの音楽を刺激し合えるような存在でありたいといつも思うが、俺のピアノは月森に何かしらの刺激を与えることが出来ているのだろうかとたまに思ってしまうこともある。
2008.12.18up