TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲3

 身体に染み付いた習慣というのは、例えどんなに疲れていてもなくならないものなのか、普段と変わらない時間に自然と目が覚めた。
 無意識に開いた目が月森を捉えた瞬間、胸の辺りがあたたかくなったような気がした。
 けれど、抱き込むように腰に回された腕とか、肌に直接触れるぬくもりが、今更だが気恥ずかしい。
 昨日の激しさとは打って変わって満足そうに穏やかな表情で眠る月森を見て、俺の心も満たされる。月森が帰って来たんだと実感する。
 逢えない時間が淋しくないと言ったら嘘になる。だから一緒に居られるときは出来るだけ傍に居たいと思う。帰って来たばかりの頃はその思いが余計に強い。
 そんなときにこの寝顔やぬくもりから抜け出すのは少し淋しいが、ここで睡魔に負けられないのが社会人の辛いところだ。
 俺は月森の眠りを妨げないよう注意しながら、それまで感じたことがないほどに重い身体を何とか起こし支度を始めた。


「おはよう」
 朝食の支度が済んだところで、まるでそれを見計らっていたかのように月森が起きてきた。
 普段、あまり見ることのない眼鏡姿は新鮮だが、そのレンズの向こうの目はまだ眠そうだった。
「おはよう。ゆっくり寝ててもよかったんだぜ。それとも仕事とか?」
 海外帰りの時差ボケだってあるだろうに。
「いや、今日は一日オフだ。だが一度家に戻らないといけないから…。君は仕事か?」
 言いながら湯呑みでお茶を飲んでいるが、こんなときはカップでコーヒーのほうが似合う気がする。まぁ、朝食がご飯なのだから仕方ない。
「今日はショッピングモールで野外演奏だ」
 俺は今、色々なところでピアノを弾いている。教員免許は取ったが、もう少し自分の音を突き詰めたかったからその道は選ばず、かといって本格的なソリストとしてやっていくには売りとなる経歴が少な過ぎたらしい。
 誰でも聴ける敷居の高くない演奏会というのは、逆に音楽を好きになるきっかけにもなり得るし、世間的な基準に縛られない今の状態は俺の性にあっている。
 だから月森の練習相手として一緒に演奏することはあっても、それが公の場に出ることは現状では考えられない。
 別にそれを月森と俺の隔たりとは考えないし、音楽に対する気持ちはなんら変わらないと思っている。それは月森も同じ思いのはずだ。
「そうか…。聴きに行っても構わないだろうか」
 そう改めて聞かれるとなんだか恥ずかしいような緊張するような心持ちになる。
「別に、構わないぜ。でも誰かに見つかったら面倒臭いことになるんじゃないか」
 ホールなどのように大勢の音楽関係者が居る訳でもないが、だからこそ見つかれば変に騒がれる可能性もある。それは一般客が多い場所なら尚更な気がする。
「そこは気を付けるさ」
 何をどう気を付けるのかはわからないが、月森が楽しそうに笑っていたからそれ以上は何も言わなかった。